《26》

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   蜻蛉切が唸る。敵の騎馬を5騎突き落とした。 忠勝の行くところが道になった。黒疾風そのものが1本の鋭い槍のようだった。  助六の獣じみた雄叫びがすぐ傍で聞こえている。返り血に染まった梶原の顔が見えた。梶原隊と馳せ違う。敵中を抜けた。忠勝は対山の中腹やや下の位置まで駆け登り、馬首を回した。 新緑の上、斜め十文字に屍の道ができていた。  小原隊の前部は完全に算を乱していた。酒井忠次率いる松平勢本隊の圧倒的優勢だ。小原隊は最早、潰走寸前になっていた。 黒疾風がもう一度駆けた時、小原鎮実はほうほうの体(テイ)で人群の中から脱け出し、馬を駈らすや吉田城とは反対の方向へ逃げ去った。  忠勝は黒疾風を背につけ、小原鎮実を追撃しようと馬首をそちらに向けた。 「追わずともよい、忠勝」 言って、忠勝の進路に槍の柄を出したのは総大将酒井忠次だった。 「このまま吉田城に向かう。まだ生き残りの兵が篭っている」 「お館様は、跡形もなく小原を潰せと仰いました」 忠勝は遠く小さくなってゆく小原鎮実の背中を睨み、言った。 「あれは、そういうはっぱの掛け方をしただけだ。無力化した敵将と城ならば、城を優先して攻めるは当たり前だろう」 「わかりました酒井殿」 忠勝が進路を変えると黒疾風もそれに続いた。黒疾風を率いている時はいつも巨大な両腕が生えたような錯覚に包まれる。
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