《26》

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 忠勝は馬を進めた。忠次が怪訝な表情を浮かべた。 「酒井殿、鳥居殿、ここは俺に任せてくれませんか」 忠勝は言って、更に前へ出た。真後ろには黒疾風がぴたりと着いてくる。 「おそらく、その強者は俺に会いたがっています」  忠次が無言で頷いた。 「気をつけろ忠勝」 鳥居元忠が言う。 「お前に万にひとつなどないだろうが、本当に腕が立つ敵だから」 「知っています」  本隊と少し間を作り、黒疾風が一番先頭になる。 「全軍待機」忠勝は音声をあげた。これで黒疾風は次、忠勝が指示を出すまで地震が起きようが、落雷に遭おうが動かない。忠勝は桟橋に近づいた。 「出てこいよ、牧総次郎」  桟橋の向こう、一頭の馬が前に出てきた。その背には前べりの一部が欠けた桔梗傘を着けた男が乗っている。昨年、忠勝が討った流れの武芸者、城所助之丞の弟子、牧総次郎だった。  牧総次郎の日焼けした褐色の顔は頬が削げて以前より精悍さが増している。異様な光を放つその双眸が忠勝を射抜いてきた。 「この城は間もなく落ちるぞ。城を枕に討ち死にするのか、総次郎。それほどまで今川に義理立てする理由はなんだ」 「今川に義理などない」 総次郎が言った。どこか、悲壮感が漂う声だった。 「ならば何故だ」 「桔梗傘の導きだ」 総次郎の声が木霊になった。 「ここで待てと師父様が言っている」
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