《26》

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「ほう、死者の声が聞こえるのか」 言いながら、忠勝は一向一揆を思い出していた。人は心が壊れると死への幻想を抱き始めるものなのだ。 「師父様は」 総次郎の双眸からどっと涙が溢れた。 「師父様は、俺の胸で今も生きておられる」  ふいに、悲しみが忠勝を包んだ。総次郎はおそらく忠勝と同じくらいの年齢だろう。この若者は、幼少の頃から城所助之丞と共に生きてきた。つまり、ひとつの生き方しか知らないのだ。 助之丞が居なくなり、この1年間は暗闇の中で時を過ごしてきたのだろう。 素直な心根をしているのは、今、忠勝の眼前で流すこの涙が語っている。 死なせたくない。総次郎に対し、忠勝はそう考え始めていた。 「兵力に圧倒的な差がある。城内の物質も充分ではあるまい」 忠勝は高圧的にならないよう、慎重に言葉を紡いだ。 「投降してくれないか、総次郎。命が尽きるまで闘うのは、城所助之丞のやり方ではないぞ」 「ほざけ、本多忠勝!」 総次郎が喚き、かぶりを振った。陽光の中、涙が飛び散った。 「死など恐れぬ。兵力差だと。この桟橋がある限り、そんなものは関係ない。渡ってくるお前たちを1人残らず突き殺してくれるわ」  総次郎が槍の穂先を忠勝に向けてきた。 忠勝は右手を挙げた。背後、黒疾風が一斉に疾駆を開始する。 「腹に力を入れよ」 桟橋の向こう、総次郎が叫ぶ。 「怯むな。一度に大人数は渡れん」
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