《26》

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「行くぞ、本多忠勝」 総次郎の馬が忠勝に迫る。上から振り下ろされた槍を忠勝は蜻蛉切の柄で受けた。 続けざま、総次郎が槍を突きだしてくる。顔の寸で、忠勝は上体を右に流し、それをかわした。  総次郎が繰り出す槍の穂先が5つに見えた。強く、速い槍撃だが、忠勝は馬を横に跳ばし、難なくこれを避けた。見切りは忠勝の得意とする所である。いくさ場に初めて出た日から実に4年の月日が過ぎている。忠勝はいまだ、いくさ場でかすり傷ひとつ負った事がないのだ。 「生きる道がわからないのだな、総次郎」  総次郎が肩で息をしている。槍撃。2つ来た。忠勝は頭を左右に動かす。忠勝の頬を掠めたのは風だけだった。 「なぜ打ち込んでこない」 息絶え絶えで、総次郎が言った。 「助之丞がその桔梗傘をお前に託したのは何の為か」 忠勝は総次郎の顔を見つめた。汗が顎の先から滴り落ちている。 「お前に思う様戦場を駆けて欲しいからだろう。城所助之丞という、いくさ人の誇り。お前にはそれを守り続ける義務がある筈だ」  総次郎が槍を突きだしてくる。かわし際、忠勝は蜻蛉切を一閃させた。獣の咆哮のような音をあげて蜻蛉切が総次郎の槍を打った。総次郎が地面に槍を落とした。
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