《26》

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 忠勝は蜻蛉切の石突き(槍の根方)で総次郎の腹を打った。総次郎の体が一瞬浮き上がり、馬から落ちた。桔梗傘が外れ、地面を滑る。忠勝は下馬し、桔梗傘を拾った。  黒疾風が忠勝の背後に集まってきた。周囲に居た今川兵は皆、屍体に変わっている。  総次郎が苦しそうな表情で上体だけを起こし、忠勝を睨み上げてきた。総次郎の顔に大量の脂汗が浮いている。石突きで打った際、肋骨でも折ったのかもしれない。忠勝は桔梗傘を総次郎に差し出した。 「殺せ」 総次郎が掠れた声で言った。忠勝は首を横に振る。 「生きろよ、総次郎」 「相討ちになるつもりで闘った。だが、いとも簡単に捻られた。最早、俺の生きる道など、どこにもない」 「生きる道なら俺が作ってやる」 「情けなど」 総次郎が横を向く。 「情けではない」 忠勝は総次郎の手を取り、桔梗傘を握らせた。 「俺は2度、城所助之丞と槍を合わせた。その凄まじさに驚嘆し、どこか惚れているんだ。その槍技を継承するお前と共に駆けてみたい。心からそう思っている」 「俺も師父様もただの流れ者だ。ちゃんとした武士である忠勝殿がその槍に惚れたなどと言ってくれるのか」 総次郎の双眸から一度は止まっていた涙が再び流れ始めた。 「武士だけが男なのではない。流れ者にも熱く、激しい男がいる。俺にそう教えてくれたのはお前の師、城所助之丞さ」
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