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無数の篝が焚かれ、辺りは昼間のように明るかった。直隆は草履を脱ぎ、敷物を踏んだ。直澄と隆元も敷物に上がった。真柄山脈、という潜めた声が聞こえてきた。直隆は聴力が抜群に良いのである。
敷物は分厚く、毛足が長いので、玉砂利の感触は足裏に伝わってこなかった。
河合吉統の姿を見つけた。吉統の右隣の膳が空いていたので直隆はそこに座った。直澄と隆元も空いている場所に別々に腰を降ろした。
「一昨日はごちそうになってしまったな」
吉統が言った。
「その上、泊めてもらって、すっかり世話になってしまった」
「なんのなんの。わしも面白かったですわい。吉統殿が義景殿の足の臭さに辟易しておる話など、もう笑いが止まらんで」
「こら」と吉統が手で直隆の口を抑えた。
もごもご、という音が直隆の口から漏れた。
吉統は上座の義景を気にしている。義景の更に上座には、頬が痩けてしまい、どこか憂いを帯びた表情の男が座っていた。
直隆は口にかかる吉統の手を外し、「あの上座の方が」と言った。
吉統が頷いた。
「足利義昭殿だ」
直隆が将軍家の人間を見たのは初めてだ。もっと高貴な風を醸しているのかと思っていたが、芯からくたびれた雰囲気を纏うこの男はひどく貧相に見えた。まぁ、都を追われて落ち延びてきたのだ。そう見えても仕方ないのかもしれない、と直隆は思い直した。
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