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「この真柄直隆、越前という土地で生まれ、越前という土地で育ちました。どうしようもなく、この地が好きなのですなぁ。ゆえに、わしが何よりも優先するのは郷土であり、一族なのですよ」
直隆は言った。左手の先で義昭が泣きじゃくり始めた。直隆は太郎太刀をぶら下げた右手を肩の高さに挙げた。
「わかりますな、義昭殿。明日の朝までに越前から出ていかれよ。行き掛かり上、今夜はこの太郎太刀、義昭殿をお護りする為に動きましたが、明日はどう動くかわかりませんぞ」
「今夜中に出ていく」
義昭が嗚咽まじりの声で言った。義昭の鼻水と唾液が直隆の顔に飛んできた。
「もう2度と越前には近づかん。だからもう」
直隆は腰帯を掴む左手を開いた。義昭の体が地面で跳ねた。
「さすがは将軍の嫡流」
直隆は屈み、義昭に目線を合わせた。
「懸命な判断でござる」
「私は、どこへ行っても疫病神なのだな」
義昭がうつ向いて言った。
「はい、その通り」
直隆ははっきりとした口調で言った。
義昭が大きな声をあげて泣き崩れた。義昭の配下5人が義昭を抱き抱えるようにして起こし、歩き始めるや闇に消えた。
「さて、直澄に隆元」
直隆は手を打って立ち上がった。
「帰るとしようか」
「おう兄上」
言って直澄が次郎太刀を肩に担いだ。
隆元は無言で微かに頷く。
3人揃って義景に頭を下げた。義景はひきつった表情を浮かべるばかりで何も言ってこなかった。
「今日も越前は、平和じゃわい」
踵を返し、直隆が言った後、直澄が豪快な笑い声をあげた。乱れた宴席を大股で歩く直隆たちに声をかけてくる者は誰もいなかった。
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