《28》

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「なんだ、これ」 朝、起きて、忠勝は開口一番そう言った。 忠勝がいつも、肩から掛けている白木の大数珠の珠ひとつひとつに金箔が貼られていたのだ。 右側から忍び笑いが聞こえてくる。右側を見た。そこには乙女の糸の眼と唹久の万華鏡のような眼があった。 「これって」と呟き忠勝は、着物掛けに引っ掛けてある大数珠を手に取った。 「いいだろう、鍋」 乙女が自信満々のていで、胸を反らせて言った。 「昨夜、唹久姉さんと夜なべして作ったんだ」 「何してくれてるんだ。こんなの派手すぎて恥ずかしいじゃないか」 障子を通じて差し込んでくる朝陽を金箔が跳ね返す。 「何を言ってるんだ、鍋」 傍まで来た乙女が忠勝の背中を叩いた。 「旗本先手役(ハタモトサキシュヤク)に選ばれたんだ。しかも18で。大出世じゃないか。目立たなくてどうする」  忠勝は苦笑を浮かべた。  東三河の吉田城、田原城を陥落させ、ついに松平家は三河統一を成し遂げた。 それに際し、家康は大規模な軍制改正を行った。 吉田城には酒井忠次が入り、東三河の旗頭になり、岡崎城城主には石川家成が就任し、西三河の旗頭となった。但し、石川家成の岡崎城城主就任は家康の遠江侵攻が始まった後になるとの事だ。  そして、家康直轄の部隊として、旗本先手役というものが新たに設けられた。大久保忠世、大久保忠佐、鳥居元忠など歴戦のいくさ人の名が連なる中、18歳の忠勝と榊原康政も旗本先手役に選ばれた。10代で選ばれたのは忠勝と康政の二人だけである。  
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