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「旗本先手役、本多忠勝、ここにありって感じだな」
乙女が傍らに立ち、上から下まで忠勝を眺め回しながら、言った。
「なんだか、いくさ場で、矢の的になってしまいそうだ」
「そんな事があるか、鍋。私と唹久姉さんの想いが詰まっているんだぞ。矢の方が避けていくに決まっているだろう」
忠勝は曖昧に頷いた。旗本先手役抜擢を伝えてから始まった、乙女と唹久の狂喜。暫く続くだろうな。忠勝は鹿角兜を深く被り直した。
「昨夜はさ、鍋の先手役抜擢の話で盛り上がったから、言いそびれてしまったんだけど」
家族4人で朝飯を食っている時、突然乙女がそう切り出した。
「私からも、みんなに報告する事があるんだ」
箸を膳に置いた唹久が「なぁに乙女、改まって」と首を傾けた。
忠勝は吸い物を啜ってから椀を膳に置き、乙女に視線をやった。
乙女が上目遣いで忠勝を見つめてくる。
「最近な、体の調子がおかしくてさ、昨日、岡崎の町に降りて、医者に診てもらいに行ったんだ」
「そういえば、昨日の昼間、一時居なかったわね」
唹久が言った。
「買い物だと思ったから、何も聞かなかったけど、まさか医者に行ってたとは思わなかったわ」
「あまり心配をかけたくなくて」
乙女はばつが悪そうにうつむいた。
「で、どうだったの」
言った唹久の眼が潤んだ。
「まさか、重篤?」
忠勝の胸奥に暗雲が立ち込めた。乙女が小さく息を吸う。
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