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「居たんだ」
言って、乙女が腹をさする。
「もしかして」と、唹久が座ったまま乙女の傍に進み、手を握った。糸の眼が下がり、乙女が頷いた。
「ややが、腹に居るみたいなんだ」
乙女が言った。忠勝はすぐに言葉の意味を理解する事ができなかった。
「ややが」乙女が言葉を強調して言い直した。
「私の腹の中に、鍋の、本多忠勝の子供が宿ったんだ」
無意識に、忠勝は雄叫びをあげた。そして立ち上がり、乙女に近づくや、腹の子を慈しむように、力を入れず抱きしめた。
「乙女、よくやった。ありがとう」
込み上げてくるものを抑え、忠勝は言った。
「そういう言葉は、無事に産まれてきてから言うものだろう」
忠勝の腕にそっと触れ、乙女は柔らかい口調で言った。
「無事に産まれてくるに決まっている」
忠勝は乙女の頭を更に体の方へ抱き寄せた。
「頑張って、跡取りを産むからな」
忠勝の胸に額を押し当てて、乙女が言った。
「馬鹿」
忠勝は言う。自分でも驚くほど、優しい声になっていた。
「跡取りを、なんて考えなくていい。元気な子を産むことだけを考えてくれ」
乙女が頷いた。
「私は凄く嬉しい。懐妊を、鍋がこんなにも喜んでくれた事が」
「おめでとう、乙女」
唹久が言って、乙女の肩に触れた。
「女の闘い的には一歩遅れちゃうけど、乙女の懐妊を心から祝福するわ」
「ありがとう、唹久姉さん」
すみれも傍にきて、「おめでとう、乙女ちゃん」と舌足らずの声で言った。
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