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「ありがとう、すみれ」
言って、乙女がすみれの頭を撫でた。
「これで、すみれも叔母さんになっちゃうな」
「叔母さん?」と、すみれが不思議そうな表情で首を傾けた。
忠勝は心が充足してゆくのを感じた。これからは食わせる家族が4人になる。もっと大きな男になろう。忠勝は心に誓った。残りの飯をかきこみ、忠勝は明るき我が家をあとにした。
すでに11月になっていて、具足の間に忍び入ってくる風は冷たいが、岡崎城本丸に続く坂道を登る忠勝の足は軽かった。
隣を歩く康政の前銅で『無』の文字が銀色の光を放っている。
「そうか、忠勝が父親か。なんだか、変な感じだな」
「それは、どういう意味だ、康政」
「いくさ場では鋭いが、普段はびっくりするくらい、ぼぉっとしているお前だ」
康政が笑みを浮かべる。
「子供の養育などできるのか」
唇を尖らせ、忠勝は康政から顔を背けた。
「ほら、その仕草は完全に子供だ」
康政が更にからかってくる。
「子供が子供を持つって感じじゃないのか」
「うるさい、康政。俺で遊ぶな」
康政が声をあげて笑った。
すっかり黄色くなった銀杏並木に挟まれた路を歩く。その向こう、緑色の葉が生い茂る木の路は桜並木だ。春になれば見事な桜並木通りになる。
岡崎城本丸に続く石段の前に立った。忠勝は石段を早足で掛け上がった。競い合うように、康政が忠勝を追い抜いた。
「こいつ」と忠勝は言い、康政を抜き返した。
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