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地に膝をついた忠真の口からねばっこい唾液が糸を引いている。
呼吸を整え、忠真が立ち上がった。何度打ち込んでも忠真の棒は忠勝の体に掠りもしなかった。反対に、忠勝の棒は一撃で忠真を地面に転がす。その繰り返しだった。
十幾度目か、忠真が立ち上がる。
忠勝はいくさ人の本能から、甲冑の継ぎ目ばかりを打ってしまう。だから、忠真はそうとうに辛い筈だ。それでも、土にまみれた顔の中で見開かれた忠真の双眸から光は消えていなかった。
膝を震わせ、棒を構える忠真を見、忠勝は思った。
ほんの5年ほど前までは逆だったのだ。
忠勝が何度打ちかかっても忠真には勝てなかった。
叔父に勝てるようになりたい。その為に強くなりい。それだけを目標に体を鍛え、槍を錬磨してきた。
忠勝は忠真の打ち込みをかわし、肩を打った。
棒を離した忠真が悲鳴をあげて地面を転がる。
たとえ、千回やっても、忠真が忠勝に打ち込みを入れる事は叶わないだろう。
ずっと勝ちたいと思っていた叔父を圧倒している。
嬉しさはなかった。忠勝の胸を衝くのは、悲しみに似た想いだけだった。
忠真は震える手で棒を取ろうとし、何度も落とした。
もうやめましょう叔父上、という言葉を忠勝は呑み込んだ。
「わかってはいたが、ここまで差がついていたか」
忠真は震える自らの両手を見て、少し笑いながら言った。
俺は、強くなったのだろうかと束の間忠勝は考えた。違う、とすぐに考え至る。強くなったのではない。越えてきたのだ。
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