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忠真は棒を掴む事を諦め、地面に、大の字になった。
忠勝は忠真の傍らで胡座をかき、泥だらけになった叔父の顔をじっと見つめた。
「空が、近いなぁ」
忠真が言った。忠勝は空を見上げた。低い空には鱗雲がかかっていて、その中で鳶が輪を描いている。
暫し、二人で秋空を見続けた。鳶の鳴き声が耳をつく。
「負けたよ。わしの完敗だ」
額に右腕を乗せて、忠真が口を開いた。
「ありがとうな、忠勝。お前はとことん本気でやってくれた。なんというか、よくわかったよ。何故、お前が人心を惹き付けるのかが。一撃一撃が強いだけでなく、深いのだな。それは、お前が討ってきた相手の想いをしっかりと背負いながら、今日まで歩んできた証拠だ。本当に、良い将になったな、忠勝」
忠勝は無言で数珠に触れ、陽光を反射する金箔を見た。討ち取った相手の想い。確かに、この5年間で沢山の勇将、猛将、曲者たちと渡り合ってきた。闘っている瞬間は、絶対に倒してやるという強い気持ちを持って対峙するのに、不思議だ。討ち取った連中の顔を今思い出すと憎い敵という気が一切しないのだ。むしろ、懐かしき友という気分の方が強い。
「なぁ、忠勝」
忠真が大の字のまま、顔を忠勝に向けた。忠真と忠勝の視線が交わる。
「本多家の、家督を継いでくれないか」
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