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 少女にとっての《終わりの始まり》が始まったのは、今から数十年前のこの季節だった。目覚めた時には既に桜の木の下に座り込んでいたのだ。そしてそれが少女の最初の記憶。  ――そう、それ以前の記憶は少女には残っていない。  おそらく《人間》だったのだろうと思う。それが判るのは今の自分の姿が公園へと遊びに来る《人間》と酷似しているからだ。似ているだけで、同一というわけではないのだが。  ……なぜなら大半の《人間》達には少女が見えない。比喩的な意味でも、現実的な意味でも。稀に《見る力》があるものが見えることはあるようだが。しかしそういった彼らのほとんどは少女の正体が《人間》とは違う異質なものと看破しており話しかけてくるなんてことはしないのだ。当たり前なのかもしれない。異質な者に自ら関わろうとする者はそもそもその時点で彼ら自身が異質だ。《見える》ことで異質扱いされる彼らとてそれ以上の異質には関わりたくないのだろうし、なりたくないのだろう。わかっている。それぐらいのことは少女にも容易に想像することは出来た。 「あぁ、これで、何回目の春だっけ」  少女は木の根元に蹲りながらポツリと呟いた。空き地の真ん中にそびえている一本の桜の巨木の近くには彼女の呟きを聞く者などはやはりいない。呟きは呟きのままに朽ちていく。  もしそれを聞きとがめるものがあるとするならば好き勝手に伸びたまま枯れ果てた雑草とその隙間から伸び始めている雑草と散り落ちた桜の花びらがそれに該当するのだろう。 「あと、何回過ごせるのかな」  少女の包帯に包まれた指が足許に落ちてきた花びらを摘む。伏目がちな瞳が瞬いた。 「あと、何回ここにいられるのかな」  少女が花びらを太陽に透かす。白に微妙に混ざるピンク。桜色。少女は目を細めた。 「残りはもう少ないんだろうな」  ふわり、と春風が吹く。その拍子に桜が揺れて舞い落ちてくる。そして少女の全身に巻きついた包帯の残りが尾のようにたなびく。古めかしいデザインのセーラー服に身を包んだ身体は、肌の露出がほとんどないといって差し支えないほどに包帯に覆われていた。真っ白な布に覆われた純白の少女のその姿は、そうまるで出来たてのミイラのような。
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