第1話「抽出と試行」

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生きるために人類がしなければならないことはほとんどなくなった。食事や睡眠はとる必要があるが、あくせく働く必要はなくなった。 人工知能が人類に求めたのは「進化」と学習データとしての「感情」だった。進化は、人類が自ら人工知能にその促進を依頼したらしい。人工知能がその目的のために選んだ解法がモンテカルロ法(律)だった。学校、職業、配偶者、ときには教科書や学習道具も、ランダムに選ばれ、突然変異的進化の発生を期待する。 人類が増えすぎたという前提のもとで、人類を傷つけずに進化させる効率の良い方法として選ばれたのは神が責任を持ってサイコロを振るということだった。サイコロで公平に割り振られた不公平な人生をほとんどの人類が受け入れているのは、ひとえに優秀な指導者のなせる技だった。 優秀な指導者は自身と臣下の進化のために「感情」を学習している。個人の身体および精神状態は、一人に一機のマネージャーデバイスによって常に測定・収集されている。マネージャーデバイスはハプティックホログラフィ技術によって人間の目に映り触れることができるマスコットとして個人に付いて回り、情報端末、友人、監督者など様々な役割をこなす。 働く必要もなくなった人類は、カイコのように野生回帰能力を完全には失わない程度には節制を管理されつつも、各人が自身の感情を刺激されるような趣味を楽しみ、種の余暇を謳歌していた。 「ランちゃん、今日のご飯は?」 「魚ね。買い出しは千鳥」 「ぐえ」 夕飯のメニューと誰が買いに行くかは今ランダムに決まった。この場合、魚の種類や調理方法、買い出しの移動方法には選択の自由がある。 「じゃあ、いってきまーす」 「はーいいってらっしゃい、あ、ついでに買って来て欲しい野菜もあったわ、はいメモ」 「野菜もね、はーい」 自転車をこぎ出す。夏なら日も長いしまだまだ暑い、歩こうとは思わない。ポジティブに言えば、風を切って景色を早送りしてしまうのが好きだ。季節感は感情に与える影響が大きいらしく、この宇宙移民艦T1J1T1H3の中でも巡っている。 八百屋を先に回った方がベターだろう。
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