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本当に旧時代にはあんなふざけたやりとりをしていたのだろうか。今はお金を払っても払わなくてもよいし、あってもデータのやりとりだ。昔は紙やコインを使っていたというのは知ってはいたけど。それに、お金がなければ食べ物も手に入らなかったのに、あんなに適当にオマケしたり、それに、あれは1000万円じゃなくて1000円だっただろうし。まあ、おじさんが楽しそうだったのは確かだった。
「こんばんは」
「……いらっしゃい」
魚屋さんは八百屋さんとちがって静かな人だ。
「今日のオススメはなんですか」
「……アジかな」
ボソッと喋る。八百屋さんみたいに、お客さんとやりとりするのが好きっていうタイプではないように思う。
「ねえ、おじさんはなんで魚屋さんやってるの?」
「え?」
思いもよらない質問だったのだろう、はっきりと目を見開いてこちらを見た。が、ちょっとした沈黙のあと目を伏せてしまった。
「いや、さっき八百屋さんにも聞いたんだけど、八百屋さんはお客さんと話したりお店の運営のこと考えるのが楽しいって言ってて」
質問の理由を問われたわけでもないが、自分の方から喋る。
「おじさんはなんで魚屋さんやってるのかなって」
「まあ、この人は客商売好きな人には見えないわよね」
意識の外から話しかけられて少し驚く。いつの間にか店の奥から女の人が出てきていた。魚屋さんの配偶者だろうか。歳は魚屋さんと同じくらいだろうけど、綺麗な人だ。
「こんばんは」
「いらっしゃい。この人はね、魚屋を選んだわけじゃなくて義務でやってるのよ」
少し意味を捉えかねたが、ハッとする。
「おじさん、カキンゼーなの!?」
モンテカルロ法(律)の決定要素は原則遵守だが、何らかの義務と引き換えに自分で選択する権利を得ることができる。そういう選択をする人をカキンゼーという。
「おじさんはそれで何を選択したの?」
魚屋さんは目を伏せたままで黙っている。何か、聞いてはいけないことを無神経に聞いてしまったのだろうか。
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