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祝福の日に、だが女剣士の眉根は微かに曇る。吹き抜ける風に、異質な臭いが混じったのだ。
死の臭い。滅びの臭い。
視界の端、水晶樹の枝葉の影に、薄暗い闇の色が立ち上がるのを感じた。
「《ヨドミ》……」
鋭く速く、子どもたちの目には映らぬうちに。女剣士は薙ぎ払った剣風で、忍び寄ろうとしていた《ヨドミ》を斬り捨てた。呪詛めいた断末魔ごと、斬り捨てた。
「……祝いの日も関係なしか。いや、関係などなかろうよ。我らと貴様らの間には」
剣を振るう前と後と、女剣士の体勢は微塵も変わってはいない。故に、子どもらが凶事を悟ることもない。
女剣士は風上へと視線を向けた。
森を抜けた丘の上、月の光の下には鉄の巨人が独り。その大きな腕で風車を回し、《ヨドミ》を払う風を水晶樹の森へと送り出していた。
風が森を清め、《ヨドミ》は薄闇の中へ退いていく。
だが、それもいつまで続くのか。
「風が絶えてより二十と余年。この子らは本当の風も川のせせらぎも知らない……」
錆の浮いた鉄巨人を遠く見やり、女剣士は世界と子どもらの未来を憂う。
「先生、どうしたんですか?」
「……ああ、なんでもない。聞き惚れていたのさ、君らを祝う風の歌声に」
子どもらの中でもリーダー格の少女が、女剣士の僅かな表情の変化に気付いた。察しの良い子どもというのもある。女剣士は儀式を急ぐことにした。
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