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「《ヨドミ》……」
「そう。我らの仇敵、魔法少女の対極に位置するモノ……ああ、そうだ。こいつらのことだよ」
いつの間に抜剣していたのだろう、女剣士の手にした《剣》の刀身で、紋様が燃えるような赤に染まっていた。対を成す女剣士の腕の紋様もまた、同じように燃えている。
星の灯りが届かぬ闇の底に、重い気配と臭気が潜む。
風が弱い。
女剣士は風の丘へ視線を転じた。鉄巨人の錆び付いた腕が、軋みを上げている。それは徐々に力を失い、やがて動かなくなった。風車が止まり、風が止む。
凪が始まる。
堰を切ったように、どろどろとした闇がそこかしこから溢れ出した。闇は手近な水晶樹に取り付くと、その内側へ浸食していく。そうして禍々しく歪み捻れた水晶樹は、異形の怪物と成り果てた。
その姿は、内に闇色の炎を燃やした水晶の蟲。無数に生えた脚を蠢かし、這い回る。肉体を得て次々に数を増やしていく《ヨドミ》は、魔法少女の眠る水晶樹へと押し寄せた。
「その子に触れるなッ!」
少女を守ろうと、果敢にもクーパ・ルーは木刀で《ヨドミ》に立ち向った。だが、いくら叩こうと《ヨドミ》は意に介した様子も無い。
「下がれクーパ・ルー! 生まれてしまった《ヨドミ》に通じるのは《剣》だけだ!」
女剣士に突き飛ばされ、クーパ・ルーは複雑に絡まる水晶樹の森の枝のひとつへと落下した。受け身を取り、それでも防ぎ切れなかった痛みを堪えて顔を上げてみれば、女剣士はクーパ・ルーを襲おうとしていた《ヨドミ》を一刀の下に斬り伏せていた。水鏡を思わせる刀身が煌くたび確実に、両断された《ヨドミ》が消滅していく。だが敵の数は多く、その増殖速度は女剣士の剣速を凌駕していた。
「先生、ぼくも……!」
「下がれと言った、クーパ・ルーッ!!」
木刀を手に幹を駆け登ろうとしたクーパ・ルーは、女剣士の力ある声に圧し戻された。
「心配するな、可愛い子。私はひとりではない」
不敵に笑う女剣士。クーパ・ルーは気付いた。森が、無数の《剣》の気配で満ちたことに。
「《剣》を持たぬ君は、まだ子どもだ。子どもは、我ら大人が守る」
背後から聴こえた中年男の低い声が、疾風となってクーパ・ルーを追い越していった。
彼らは森の番人。水晶樹の森に毎夜あらわれる《ヨドミ》を狩り、人知れず世界を守る大人の剣士たちだった。
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