剣の星のクーパ・ルー

9/39
前へ
/39ページ
次へ
「《ヨドミ》……」 「そう。我らの仇敵、魔法少女の対極に位置するモノ……ああ、そうだ。こいつらのことだよ」  いつの間に抜剣していたのだろう、女剣士の手にした《剣》の刀身で、紋様が燃えるような赤に染まっていた。対を成す女剣士の腕の紋様もまた、同じように燃えている。  星の灯りが届かぬ闇の底に、重い気配と臭気が潜む。  風が弱い。   女剣士は風の丘へ視線を転じた。鉄巨人の錆び付いた腕が、軋みを上げている。それは徐々に力を失い、やがて動かなくなった。風車が止まり、風が止む。  凪が始まる。  堰を切ったように、どろどろとした闇がそこかしこから溢れ出した。闇は手近な水晶樹に取り付くと、その内側へ浸食していく。そうして禍々しく歪み捻れた水晶樹は、異形の怪物と成り果てた。  その姿は、内に闇色の炎を燃やした水晶の蟲。無数に生えた脚を蠢かし、這い回る。肉体を得て次々に数を増やしていく《ヨドミ》は、魔法少女の眠る水晶樹へと押し寄せた。 「その子に触れるなッ!」  少女を守ろうと、果敢にもクーパ・ルーは木刀で《ヨドミ》に立ち向った。だが、いくら叩こうと《ヨドミ》は意に介した様子も無い。 「下がれクーパ・ルー! 生まれてしまった《ヨドミ》に通じるのは《剣》だけだ!」  女剣士に突き飛ばされ、クーパ・ルーは複雑に絡まる水晶樹の森の枝のひとつへと落下した。受け身を取り、それでも防ぎ切れなかった痛みを堪えて顔を上げてみれば、女剣士はクーパ・ルーを襲おうとしていた《ヨドミ》を一刀の下に斬り伏せていた。水鏡を思わせる刀身が煌くたび確実に、両断された《ヨドミ》が消滅していく。だが敵の数は多く、その増殖速度は女剣士の剣速を凌駕していた。 「先生、ぼくも……!」 「下がれと言った、クーパ・ルーッ!!」  木刀を手に幹を駆け登ろうとしたクーパ・ルーは、女剣士の力ある声に圧し戻された。 「心配するな、可愛い子。私はひとりではない」  不敵に笑う女剣士。クーパ・ルーは気付いた。森が、無数の《剣》の気配で満ちたことに。 「《剣》を持たぬ君は、まだ子どもだ。子どもは、我ら大人が守る」  背後から聴こえた中年男の低い声が、疾風となってクーパ・ルーを追い越していった。  彼らは森の番人。水晶樹の森に毎夜あらわれる《ヨドミ》を狩り、人知れず世界を守る大人の剣士たちだった。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加