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そこで目が覚めた。壁掛け時計は既に夜の八時を指していた。冷房をかけずに寝ていたせいか、それとも先程の悪夢のせいか、真子の身体は汗でぐっしょりと濡れていた。電灯を点け、枕元に転がっていたくまこを手に取る。当然のことだが、何ら変わりは無い。突然、下の階から怒号が響く。
「実の娘を、真子ちゃんを捨てたあの人をどうしてまだ家においておくの!」
「母さん、だからあの子は梨花さんじゃなくて」
祖母の症状は、母と娘の真子の区別がつかなくなる程に悪化していた。真子は、彼女が「優しいおばあちゃん」であった時期を殆ど知らない。憶えていない。数年前に自宅で同居するようになった時から、既に症状は進行していた。
「母親として、出来損ないの!」
「出来損ない」、その一言が先程の悪夢を想起させる。母の口から放たれた、「不良品」という言葉。それは決して、悪夢の中の産物ではない。かつてこの耳で、はっきりと耳にした言葉だった。自分には何かが欠けている、それは紛れもない事実だった。
記憶の奔流、パンドラの箱が開く音。気付くと真子は、くまこを片手に家を飛び出していた。鍵もかけず、何も言わずに。
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