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既に陽は落ち、夜が街を覆っていた。真子はその中をただ一人歩き続ける。
向かった先は近所の公園。誰も居ない園内を電灯が虚しく照らす。砂場には遊びの痕跡や忘れられた玩具が散乱し、ブランコは「まだ帰りたくない」とわめく駄々っ子のように、ゆっくりと名残惜しそうに揺れていた。
ベンチに座り、くまこを見つめて物思いに耽る。
真子は何故自分がここにいるのか、何故家を飛び出したのか分からなかった。眼下ではプラスチックの黒々とした瞳が真子の顔を物悲しそうに映している。その柔らかい頭を撫で、弱々しく微笑んだ。
「大丈夫だよくまこ。大丈夫」
「こんな時間にどうしたの?」
「えっ」
突然の声に驚き、咄嗟に顔を上げる。眼前の見知らぬ女性が優しく微笑む。大人の品格と少女のような無邪気さを併せ持ったその容姿に、真子は思わず息を飲んだ。
ロングヘアーのその女性は夏らしい薄手の白いプルオーバーと青いスカートに身を包み、狐のシルエットが刺繍された買い物袋を手に提げていた。
「あっ、ごめんなさい。今帰るところで」
我に還り、何か叱責を受けたり通報されるのではないかと考えた真子は、子どもらしい言い訳を早口で並べる。
「待って。そのくまちゃん、なんだか寂しそう」
「えっ 、あの……。最近手入れしてなくて」
くまこを咄嗟に隠す。大事な宝物も、外においては幼稚な恥部でしかなかった。
「そうだね、こんなになるまで...」
女性はゆっくりと膝をつき、優しく真子を抱きしめた。
「あっ」
女性の突飛な行動に、真子の頭は真っ白になる。しかし徐々にその中を、温かい何かが満たしていった。
「お話、聞かせてくれる? くまこちゃん」
真子は目を見開き、その言葉を脳内で反芻した。
それは学校で受けてきたような悪質な「こども扱い」とは明らかに違った。真子は得も言われぬ充足感と安寧を肌身に感じていた。しばらくして彼女はゆっくりと手を放し、膝を伸ばす。
「また明日、ここにおいで。そのお友達といっしょに」
「あの、あなたは」
手を振りながら去ろうとする彼女を、ほとんど無意識のうちに呼び止めた。
「紺野亜希。ご近所さんかも。またね」
亜希の姿は夜に紛れ、いつの間にか見えなくなっていた。真子は先程生じた感情の正体が掴めずにいた。
ただ「彼女にまた会いたい」という思いだけは鮮明に、心の奥底に刻まれていた。
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