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prologue【雨垂れ】
ぼろいアパートは雨樋が壊れている。
中途半端な場所から雨の雫が落ちて、ピチョンピチョンと音がしている。
雨の強さによって音の速さは変わるけれど、今日は小降りなのか一定のリズム。
その音に合わせて、アルペジオを繰り返す。
C、Bm7、A7・・
組み立てたいイメージが、雨垂れのリズムボックスの元で浮かんでは揺蕩う。
「・・って聞いてる?」
棘のある声。
「ああ、聞いてる。」
嘘だ。聞いてなかった。
「嘘、聞いてない!また聞いてない。」
棘がますます強くなる。
「いつもそう!ギター触りだしたら聞いてない!わかってるんだから。それでいつもギター触ってる。あなたは私の話なんか聞いてない!今までもずっと。」
途中から涙声。やれやれ。
「聞いてるから。ごめん、少しだけ待って。」
新しいメロディーが生まれそうな気がしている。
ピチョンピチョン
雨垂れのリズムボックス。少しテンポが速くなる。
「もう待たない。ずっと待ってきたから。あなたは変わらないから。もう待てない。」
いつもよりしつこくて、いつもより静かだ。
「だから聞いてるって。ちょっとだけ待って。」
「どれだけ待てばいいの?あと何分?何時間?何日?何週間?何年?それで何があるの?待ったあと何があるの?」
話の飛躍が。生理中か?
「なんであなたなんか好きになっちゃったんだろ。なんで付き合ってんだろ。なんで何年も。私のこと大事に考えてくれない人。私のこと一番に考えてくれない人。」
涙声だけど、怒ってるのはわかる。
いつもより静かなのが不穏な空気を煽る。
「もう待てない。未来が見えない上に愛してもくれない。そんなあなたをもう待たない。都合のいいオンナ、もう辞めるから。」
いつものことだ。いつもと少し違うけど。
何回も繰り返されてきた。理美のフラストレーション。
新しいメロディーが出てきそうな気がしている。
理美は立ち上がってコートを持つ。ブルーグレーのスプリングコートは彼女に似合っている。
「だから」
聞こえない風に靴を履く。
「おい」
声だけが理美の背中に当たって落ちる。
いつもより静かにドアが閉められた。
やれやれ。
せっかくのイメージを残しておきたい。
雨が呼ぶ旋律。
雨足が早くなるとビートが変わってしまうから。
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