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会社にて
「あの、篠宮さん、ちょっと今いいですか」
後輩に声をかけられ、パソコンの画面から目を離した。声をかけてきた方に身体を向けると、胸の前に書類を抱えた女の子が立っている。この春に大学を卒業し入社してきたばかりの石嶺だった。今は九月なので、彼女が入ってからおよそ五ヶ月たつ計算だ。
「すみません、この数字の見方がわからなくて」
「ちょっと、見せてみい」
彼女から書類を受け取り書類の中身を確認する。営業マンごとの売上と今後の課題、彼女の質問を聞き取りながら書類の見方と数字の意味を説明していく。彼女はまだこの部署の業務に慣れていない。春に入社してから講義型の研修を受けたり、営業の同行で現場の勉強をしてきたが、数字を管理する裏方部署の仕事はほとんど経験していない。ある程度は周囲がフォローしていかなければならない状況だ。
「だいたいわかった?」
「はい、ありがとうございます。すみません、忙しそうやのに」
「気にせんでええよ、俺も一年前はそんな感じやったし」
話しながら、一年前のことを思い出す。やはり、彼女と同じく書類に書いてあることが理解できず、先輩に質問ばかりしていた。きっとこれが毎年繰り返される光景なのだろう。来年は彼女が後輩に同じことを説明しているのかもしれない。
「お、後輩に指導中か」
背後から同期の天野が声をかけてきた。同期とはいえ彼は大学院卒なので年は二つ上だ。普段は営業で外回りに出ていることが多いのだが、今日は社内にいたらしい。腕に抱えているファイルの表紙に「精算」という文字がちらりと見えた。
「まあ、そんなとこや。そっちは経理のとこ行ってたんか?」
「まあ、ちょっと経費の精算にな。お前はまた細かい数字いじっとるなあ」
天野がパソコンの画面をのぞき込みながらつぶやく。
「それが仕事やからしゃあない」
「相変わらずそっけないやっちゃなあ。石嶺さん、こいつ、ちゃんと教えてくれるんか。なんか問題あったら他の先輩に言うんやで」
「あの、すごい丁寧に教えてもらって助かってます。こんな初歩的なことまで、申し訳ないなってくらい」
「ほんまかいな。それやったらええけど。仕事はどうや?楽しい?」
「ええ、楽しいです。皆さん親切な人ばっかりで」
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