蛍、恋い。

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 どうやら、シュートが決まったようだ。他校の選手たちが抱き合って喜んでいる。試合の応援に駆けつけた制服姿の生徒たちの声援が、一際高揚する。  スコアボードに目を凝らすと、0対1。  テディベアを走らせ、問3の解答欄に、エと書き込んだ。 「みんな、試験に集中しろ!……全く、模試の日ぐらい、スポーツ科に貸し出すのも遠慮してもらいたいもんだな」  試験監督の林先生が不愉快そうに言った。  集中と言われても、無理だった。  グラウンドから目が離せなくなってしまった。  ……いや、違う。グラウンドじゃない。猛然と反撃を開始した背番号10番にだ。  一人、二人、三人と巧みなボールさばきで敵を交わしていく。どんどん加速させ、夏疾風(なつはやて)のようにゴールをめざして突進していく。鮮やかなドリブルで敵陣へと斬り込み、独壇場が続き、このままワンマンプレーかと思いきや、ノーマークの味方にパスを回した。  ボールを受け取った選手は、数メートルほどドリブルすると、すぐにまたパスした。マークする敵方を振り切って、ゴール付近へと全力で走り抜けていく彼へ。  ……速い! なんていうスピードなのっ? 一瞬で、心ごとさらわれた。ボールを受け取った10番はトラップせず、なんとそのままボレーシュートを決めた。 キーパーの手をすり抜け、ゴールネットに鮮やかに鋭く突き刺さったボール。 「ピーッ!」  甲高いホイッスルが鳴り響く。  ……風神降臨。 まさに神業だった。 どっと沸き上がる歓声。  大きくガッツポーズを決める十番。遠目だけど、くしゃくしゃの笑顔が目に浮かぶようだった。  仲間たちに囲まれ、肩を抱かれ、喜びを分かち合う10番。  ……私も、あそこへ行きたい。  強烈な衝動が、胸のまん中を駆け抜けた。  私もこの教室を飛び出して、グラウンドへ走っていきたかった。  こんなクーラーの効いた涼しい教室で、お行儀良く優等生ぶって模試なんか受けてる自分が、急にバカバカしく思えてしまった。  こんな人工的に守られた教室(ばしょ)を抜け出して、今すぐ、灼熱の太陽が容赦なく照りつけるあのグラウンドへ行きたかった。黄色い歓声をあげ続けるあの女子生徒たちに紛れ、私も体中汗を流して、声がかれるほど大声で叫んで、応援したかった。……あの10番を。  そして、一緒に勝利の喜びを分かち合いたかった。  ……でも。  急激に、無力感が押し寄せてきた。
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