第二十四章 夜空の昏い森 二

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「芳起さん、仕事中に来て頂きありがとうございます。助かりました」  芳起は、奨介の手にも気付いていたようだが、そのままにしてくれるらしい。 「夜空、奨介君の夢は知っていたの?」  奨介の手を見て、思い出したとは言えない。奨介の手は、プロポーズではなく、誓いという意味だった。誓いとは何だったのか考えている内に、昔、語りあっていた事を思いだしたのだ。 「思い出しただけです。昔、そういう話を夜通ししていた……」 「そうか……姉さんも似たような事を言っていたのでね。血筋なのかな……」  芳起は、此葉がどんな女性だったのか、少し教えてくれた。此葉は、生まれつき心臓が弱かったが、日本中を旅していて、気に入った場所があると、テントで寝泊まりしていたらしい。 「街は画一でいい。でも、田舎は個性溢れていて、近寄りがたいものがいい。近寄りがたいものに、近寄った嬉しさがいいから。姉さんの言葉だよ……」  少しだけ、貧乏していても、森を手放さなかった父の気持ちが分かる。母、此葉の夢までは、売れなかったのだ。 「夜空、部屋に帰って休もう」  森野が声を掛けてくれたので、俺は深く頭を下げると、部屋に戻っていった。  俺は部屋に戻ると、奨介の手を見つめてしまった。記憶の中の奨介の手は大きくて、温かかった。奨介とは、近くにいる時は、衝突ばかりしていて、距離を取ってしまった。離れてからは会いたくて、互いの事を知りたいと思った。  プロポーズを本当にしたかったのは分からないが、奨介らしいと思ってしまう。奨介の笑顔が浮かんでくるので、涙が落ちてしまった。 「……奨介、どんな顔で指輪を買ったの?」  これを飾って置きたいが、見られるとまずいのかもしれない。生ものはダメだと聞いたが、これは干物に近いので、貸金庫に入れておこう。  でも預けるまでは、奨介と一緒に過ごしたい。 「奨介、一区切りついたみたいだよ……長かったね……」  やっと、奨介の為に泣ける。 「奨介、奨介の夢は分かったよ。俺が引き継ぐつもり。でも、奨介、俺の夢は聞いていなかったよね……」  奨介が建物を造りたいと言ったから、俺は建築士を目指したのだ。二人で叶える夢を、一人で背負うのは寂しい。 「……奨介、会いたいよ。一人は寂しい……」  手を抱えて泣いていると、ノックが聞こえて、返事をする間もなく、桂樹が入ってきていた。 「夜空、一人で泣かなくてもいいよ……」
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