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桜はただ咲いて散る
丘の下の地を守る老桜――
男の家は代々、その土地に縛られた『桜守』だった。
本家の一人息子であった男も、決してこの土地を離れることは許されなかった。
銀行員だった父に連れられてこの土地に来た女は、同じ学校の男と出会った。
始めは都会から来た自分に馴染みのない男が珍しかっただけ。
やがて、それは興味となり、恋となり、愛となり――。
狂気にも似た執着となった。
まるで時が止まったような男の家が疎ましかった。
桜の精に魅入られてしまった男も許せなかった。
女に興味がなかった男は、それでもいいという女を娶った。
次の『桜守』のために――。
そして間もなく、女の中に『命』が宿った。
男が初めて、女に向かって微笑んだ。
その微笑みを守るために、女は嘘をつく。
『娘』は『桜守』にはなれないから――。
しかし、それはすぐに男の耳に入ってしまう。
女は老桜の元に男を呼び出した。
男が何かを言う前に、狂気の斧が振り下ろされた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
男は、老桜の下で時を止めたままだった。
土に埋められていたとは思えないほど白く、怪しく輝いていた。
「……あなた――」
女の目の前には、目を閉じ微笑んだままの男の顔。
老桜に預けていた男を取り戻し、女は狂気の笑い声を上げる。
それをかき消そうと強く風が吹き荒れ、息が止まるほどの桜吹雪で女を覆う。
女の笑い声は塞がれ、桜の花びらは女の息を奪った。
一夜にして散った桜花は、男を懐に抱えながら息絶えた女の姿を隠し――
二度とその花を咲かせることはなかった。
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