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戻ることもできた
「ハァ、ハァ……、ハァ……」
――あの頃は、あんなに簡単に登れたのに……。
決して短くない年月を経た身体は重くなってしまった。
息が切れる我が身に歯がゆさを感じながら、頭を上げるが――。
目の前の道は荒れ果て、鬱蒼とした木々は空を覆っていた。
「ハァ……」
深いため息をつきながら、可愛らしい刺繍がされたハンカチで汗をぬぐった。
ふとその刺繍が目に入り、思わず来た道を振り返ってしまう。
――もう、いいのではないのか。あの人は許してくれるのではないか。
脳裏を過ぎったのは、女には似ずにおっとりとしている娘。
走馬灯のように生まれた日から、今日までの思い出が蘇る。
優しい婿にも恵まれ、刺繍を始めたばかりの孫も明日で3年生になる。
ザザザザザザッ――
「――っ!」
突然木々を揺らした強い風に、女はまた視線を行く道に戻した。
ヒラリ――
求める姿はまだ見えないが、ひとひらの桜が目の前を舞う。
「……そうね。許してもらえることじゃないわね……」
諦めと切なさがないまぜになり、女の顔に小さな笑みが浮かんだ。
再び重い足を持ち上げ、荒れた道を歩き出す。
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