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僕は黙ったまま、どうすればいいのかわからないで立ち尽くしていた。彼女にかける適切な言葉は一つも見つからなかった。
彼女は僕の耳元に顔を近づけると、母が子に自分の犯した悪戯を諭すような口調で囁いた。
「キミは何も見えない。そうよね?」
マリアは僕に話しはじめた。
マリアは盲人を装って盲学校に編入したことを。
僕と同じだった。以前にキミは私に似ているねと言われたのを僕は思い出していた。
マリアの目的は先生に復讐する事だった。幼いころにあの先生に非道いことをされたらしかった。マリアが先生にされた事の詳細は聞かなかった。
先生は今のマリアに気づいていないらしかった。何年も昔の事で、成長したマリアを先生は覚えていなかった。
私は顔に特徴が無いから。とマリアは言っていた。
何人かの幼い女子生徒がたまに泣いていたのは先生が原因だった。マリアは女子生徒たちの相談に乗っていた。
僕はマリアにとって邪魔な存在だった。下校の際、毎日のように僕に見られていたおかげで彼女は歩く時に盲人の演技を徹底する必要があった。
また、僕が編入してきたせいで彼女は先生を殺す機会を慎重に選ぶ必要があった。今日は僕が学校を休むはずだったので、マリアは今日を先生を殺す日に選んだのだった。
そして今日僕はマリアの予想を裏切って学校に来た。
マリアがしたことは悪いことかもしれないけど、僕はそれを責める権利は誰にもないと思った。世の中の何人かの人にとっては、そしてなによりマリア自身にとっては必要な事をしたのだ。
僕はマリアが先生を殺したことを誰にも話さないつもりだ。だけどマリアは僕の言葉を信じるよりも、もっと確実な方法を選んだ。
マリアは両方の手のひらで僕の顔を包むように頬を覆った。マリアの顔が近づいてくる。こんなに近くで彼女の顔を見たのは初めてだった。
彼女はまだ目を開いていた。そして僕の目を覗き込んでくる。
マリアの虹彩が僕の顔を映す。瞳は赤を基調に、万華鏡の様に複雑に様々な色が重なり合っていた。
マリアの瞳の瞳孔が開いた。僕の目を見ている。彼女には僕が見えている。
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