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マリアは僕の顔を包んでいる手の平から、親指を動かして僕の瞼をそっと閉じさせた。僕はマリアにされるまま、目を閉じた。
マリアの親指に力が入る。眼球の奥が熱い。マリアの親指は瞼の上から、ゆっくりと僕の眼球を頭蓋の奥に押し込んだ。真っ白な強い光と痛みを感じた。背筋に悪寒が走り、吐き気を催した。何かが弾けるような音が僕の頭の中に響いた。大量の涙が僕の頬に付いた血を洗い流し、シャツを汚した。
僕は本当に失明してしまった。さっきまでこの学校で目の見える人間は僕とマリアと先生の3人だった。そして今はもう、この学校で目の見える人間はマリアだけになった。
僕はもう自分の顔を鏡で見ることすらできなくなった。今の僕はどんな表情をしているだろうか。きっと安らかな顔をしているに違いない。
今となってはその僕の表情ももう、マリアにしか見えない。
学校であった殺人事件は、僕を含め目撃者が誰一人いないことから、通り魔の犯行ではないかという事になった。
実際には通り魔の犯行などでは無いのでこの事件は多分迷宮入りするだろう。
僕の目は相変わらず失明したままだ。目が見えないという嘘は現実になった。だけどこれは多分嘘をついたことへの神様からの罰だ。
学校はしばらく休校になり、僕は家で母親と過ごした。
マリアと関わったことで盲目の人への知識があったから、自分が盲目になった後の環境も割りとすんなり受け入れられた。
もちろん本当に目が見えないことはとてつもなく不便だった。でもなんというか、こうなるのではないかという気が薄々していたし、心構えのようなものがいつの間にか出来ていたんだと思う。
休校が解けてから、また僕は盲学校に通い続けることになった。先生は新しくなり、通常通り学校は授業を開始した。
1つだけ大きな変化があった。たった1つの変化だけど、僕にとってはほとんど世界全ての変化に等しかった。
マリアはこの街から姿を消した。あの学校で唯一光を手にした彼女は今頃どうしているだろうか。マリアが盲人の振りをする必要はもうなくなった。
目的を果たすため、毎日のように盲目の振りをして、地上に落とした羽を探す天使の様に歩道を歩いていたマリアはもういない。
彼女の事はきっと一生忘れない。
僕は視力を無くしたが、今でも網膜の裏にマリアの姿が焼き付いて離れない。
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