完全安心包丁

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「この包丁は大変に素晴らしい包丁です。ご覧下さい、この切れ味」  テレビの通販番組ではもはや使い古された謳い文句と共に、メーカーの人が包丁で紙やレンガを切って見せる。専業主婦にもなると、時間に余裕ができるので、この手の番組は昔に比べてよく見るようになった。けれど、最近はあまり面白くない。  少し前までは、新しい商品が紹介される度に、子供のような気分で時に興奮したり、購買意欲をそそられたりもした。だけど、それも慣れてしまうと、以前に比べて大きな感動を呼ぶことはない。さすがに、飽きてきた。かといって、特別、見たいドラマや番組があるわけでもない。 「あーあ。退屈」  私はソファーで横になりがら背筋を伸ばす。夫が帰ってくるまでの時間、どのようにして過ごそうか思考を重ね、時間を費やすしかない。半ば、通販番組はBGMの代わりに流しているようなもので、重ねる思考はうつら、うつらと私を眠りに誘うには十分だった。意識が薄れていき、このまま目を閉じてしまえば、眠ってしまうだろう。  ゆっくりと、私はその瞼を閉じようとした。 ----ピンポーン  そんな私の眠りを妨げるかのように玄関の方から呼び出しのチャイムの音が聞こえた。眠りに入ろうとしていた私はすぐに目を覚ますと背もたれにかけていたエプロンを取り羽織るとインターフォンに出た。 「どちら様ですか?」 「私、アール社の販売員です。本日、奥様にとっておきの商品をご用意しました」  外付けのカメラに映るのは背広をきたいかにも、営業マンといった姿をした男性だった。セールスなど今時、珍しかったけれど特に利用する理由もなかった。 「ごめんなさい。化粧品でしたら、お断りです。学習関係も間に合っています」 「そうでしたか。ですが、アール社ではそのような商品は扱っておりません。アール社についてはご存じかと思いますが」  アール社については知っている。ちょっと、意地悪して化粧品や学習関係と口にしたが、その会社ではそれらの製品は作っていない。主に家庭で使う調理器具などを中心に扱っている会社だった。 「お時間はとらせません。少し話だけでも」  インターフォン越しにかわされる会話。このまま、追い返してもよかった。だけど、私は時間を持て余していた。不用心かもしれないけれど、少しでも時間を潰せて、気が紛れるのならば。
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