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「少しお待ちください」
そう言って、私は玄関に向かうとドアを開けてアール社のセールスマンを招き入れた。
「ありがとうございます」
居間に通されたセールスマンは丁寧にお辞儀をすると、私に促されてソファーに座った。
「それで、どんな商品を紹介してくれるのかしら?」
「はい。本日、お客様の為にご用意したのは、包丁でございます」
セールスマンはそう言うと、テーブルに頑丈な鍵付きのケースを置く。
包丁と聞き、私は少し驚いた。包丁の訪問販売など聞いたことがなかった。まして、このご時世、いくら鍵付きのケースであるとはいえ包丁を売りに歩くなど、いつ警察に捕まってもおかしくない。いえ、それ以前に一歩間違えれば強盗と思われてしまうかもしれない。
包丁の訪問販売。初めて聞く、珍しい訪問販売に私は背中にゾクリとしたのを感じた。
「今時、包丁の販売なんて珍しいですね」
「皆様、そうおっしゃられます。ですが、アール社で開発した包丁をごらんになれば、なぜ、訪問販売ができるのか、ご納得していただけることでしょう」
セールスマンはそう言いながら鍵を取り出すと、二重にロックがかかったケースの鍵を開ける。二箇所の鍵がカチリ、カチリと外されケースが開けられると、中には硬いスポンジに収められた包丁があった。セールスマンは私に店ながら、その中の一本を仰々しく取り上げる。傍目から特に変わった包丁には見えない。どこのスーパーでも売っていそうな普通の包丁だった。
「どこにでもある包丁に見えるのですが」
「そう思われるでしょう。これは、アール社が自信を持ってお届けする、完全安心包丁です」
「完全・・・安心?」
「はい、その通りです」
大きくでたものだ。過去、様々な包丁が出てくる度にその安全性を謳い文句にする人がいた。だけど、所詮は刃物、どんなに安全だと言っても切るものである以上はケガをする。だが、セールスマンはこれをわざわざ、完全安心包丁であると言う。
「どの点、安心なの?」
「はい。実はこの包丁、切っても痛くなのです」
「切っても痛くない?」
私は目が点になった。彼は何を言っているのか。切っても痛くない。そのままの意味なのだが、それを頭で理解するには少し時間がかかった。
その間、セールスマンは自慢げに包丁の特性について話をしていたけれど、ほとんど頭には入ってこなかった。
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