完全安心包丁

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「痛みを感じない包丁。これこそ、画期的な発明と言えるでしょう。これまで、調理中に誤って手を切ってしまった経験はあることでしょう。応急処置はするものの調理中である手前、絆創膏を貼るだけで調理の手は止められない。痛い思いをして料理をする、それは大変に辛いモノです。ですが、この包丁はそんな悩みを一気に解決してくれます」 「完全安心とはそう言う意味なのね。痛みを感じない、これは画期的ね」 「その通りです。この完全安心包丁。今なら・・・」 「ちょっと待って」  セールスマンの言葉を私は遮った。この包丁が幾らで売られるのか、値段にも興味はあったけれど、なにより気になるのは、その性能だった。痛みを感じないというけれど、それは本当なのだろうか。 「悪くない包丁だけど、購入前に試させてもらえないかしら」 「試すというのは?」 「切れ味よ。痛みを感じない包丁と言って、玩具の包丁を買わされたら困るわ。ちゃんと、普通に切れるかどうか、台所にリンゴがあったからそれで試してみたいわ」 「それは、もっともな意見です。切れ味にも自信はありますが切れない包丁を売ってはアール社にとっても不名誉なことです。ぜひ、試してください」  セールスマンはそう言って、私に包丁を一つ貸してくれた。リンゴを切る。その目的に嘘はない。だけど、私にはもう一つ試してみたいことがある。 「あ、一つ言い忘れていました」  台所に向かう私にセールスマンが何かを思い出したように言う。 「それはあくまで調理用の包丁です。調理以外の目的は使わないでください」 「分かっているわ」  向こうも私の考えていることを分かっているからそう言ったのかしら。  包丁の切れ味を試すのは二の次、本当の目的は、この包丁が痛みを与えないかどうか、それを調べる為だった。  台所で私はリンゴの皮そむいているフリをしながら、その刃先でわざと、自分の親指を傷つけた。  これは私にとっての暇潰しでしかない。わざと指にケガをして、痛みを感じようが感じまいが痛いフリをしてセールスマンを困らせる。アール社の面目がある手前、訴えると言えば何かサービスの一つでも付け加えてくれるだろう。
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