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「ないよ、作ったことなんて。」
「もったいないなあ。」
深く息を吐きだしたあと、兄が血の気の無い唇を動かす。
「じゃあさ、あっちに戻ったら、雪だるま作ってよ。約束。ちっちゃくていいから。」
兄が一方的にお願いをしてくることは、今まで一度もなかった。そんな兄の願いを断ることはできず、無言でうなずく。
俺の首が縦に振られたことを見ると、
「良かった。」
と、いつかの邪魔するセミの声などなくとも、聞き取れないくらい小さな声を出し、そのまま兄は息を引き取った。
その後はあわただしく日々が過ぎ、気が付けば、兄の死に伴うすべての儀礼が終わっていた。
兄は病弱であるがゆえ、あまり学校に行けていなかった。友人がいる、という話も聞いたことはない。級友を名乗る人々の涙は、俺の心にはなんの波紋も生まなかった。
やがて、大学で定められた忌引きの期間がすぎ、一人暮らしの家に戻る日を迎えた。
母は仏壇の前から離れることができず、玄関までの見送りになった。母自身、俺に申し訳なく思っているのか、空港まで送ることができないことを何度も謝ってきた。
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