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何と強い意志なのだろう。
この少年は、思っていたよりずっとずっと強い。
元々いじめも独特の気持ちの持ちようでやり過ごそうとしていたし、俺の言葉一つで気持ちを切り替えて前を向いて進んでいける。
華奢で繊細な見た目に反して、心がすごく強いんだ。
俺が救い出してやりたいとか、そんな大それたことを思っていたけど、この少年はきっと救われるような立場にない。
――――人を、救う側の人。
そう思ったら、月の光を身に纏った天使のように見えた。
「……一つ聞きたいことが」
「何?」
「僕は、柏倉さんの名前を知りません」
「え?そこはお父さんから聞かなかったの?」
「僕は“どこにいる人なのか”としか聞きませんでした。父に頼るのは最低限でありたいので。
それに、名前は本人に聞きたいと思ったので」
「……何のこだわりだよ、それ……」
本当に、頑固な天使だな。
実は俺は名前に酷くコンプレックスを持っているので、あまり人には進んで言わないし、呼ばせないようにしている。
「恥ずかしいからあんまり言いたくないなぁ」
「それでも僕は知りたいです。そうじゃないと、あなたのことがわからない」
そこは、どこどこまでも意固地になるらしい。
きっと譲らないのだろう。
俺は一つ溜め息を吐いた。
「……頼。柏倉頼」
警察官だった親が、人から頼りにされるようなしっかり者になりますようにとの思いで安直に付けた名前だ。
思いそのまま過ぎて、恥ずかしいのだ。
電話などでの字句説明も恥ずかしい。
だから、“頼りになるの頼”とは言わず、あえて“源頼朝の頼”と説明している。
実際、親の思惑どおりに警察官になってしまった俺も俺なのだが。
「正義感の強いあなたにぴったりじゃないですか。頼さん、素敵な名前だ」
そう微笑みながら褒められれば、俺は嫌じゃなくて顔中が熱くなってくる。
この少年にはどうしてこうもペースを乱されるのか。
「……今度は、俺の質問に答えて」
「いいですよ」
「何で、そんなにうちの県警で警察官になりたいの?現場に出るし、理不尽なこともいっぱいあるよ?」
何でこんなに強いの、コイツ。
浅見少年は、俺に綺麗なその顔を近付けた。
一方の俺は少年相手に近付かれてドキドキしている。
――――それはまるで、恋に落ちたみたいに。
「頼さんのことが、好きだから」
―――終―――
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