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「……違ってたんだ……拒絶なんかじゃ、なかったんだ……」  水神は書斎の机に突っ伏し、何度も机を叩いた。  机には、書きかけの原稿が置かれている。  “絶対に青年の身体に触れることはなかった。それが彼なりの優しさだった。”  その一文が書かれた原稿をグシャグシャに丸めて、床に叩き付けた。 「……何にも……何にもわかってなかった……何が優しさだ……!! 」  透は水神を好いてくれていたのだ。少なくとも、作家と編集者の間柄ということではなく、恋愛対象として。  そんな透に対し、水神がしたことは残酷なことでしかなかった。あくまで、透を傷つけないようになんて上から目線の、結局自分本位の気持ちに酔っていたけれど。  水神は自分の行動を思い返した。  キスをした後、何て言ったか。――――「ごめん」と謝った。しかも、キスをなかったことにして、自分たちは作家と編集者の関係だと言い切った。  それは透にどういう捉え方をされたのか、想像に難くない。好きな相手からキスをされたのに、申し訳なさそうに謝られ、恋人関係にはなれないと宣言された格好の透。それで泣いていたのだ、彼は。  水神は今さら合点がいき、自分の行動を悔やむ。  それなのに、透は気丈に振る舞ってくれていたのだ。それこそ編集者として、水神の作品に真摯に目を通してくれた。  水神は、先程まで透が読んでいた原稿の束を手に取った。  一緒にいたときには気が付かなかったが、ところどころに付箋紙が付けられていた。 “ここの文章、前後逆にしてみてもいいかもしれません” “ここは敢えて平仮名にしてみてはどうですか” “ここ、誤字ですか? 敢えてだったらすみません”  一枚一枚に、透らしい丁寧語で忌憚のない意見が書かれている。  そして、最後の一枚は、原稿の最後に貼り付けられていた。 “たぶん、彼も愛してるんです。どうか、勇気を出して触れてあげてください”  水神の目から涙が溢れ落ちた。  透はわかっていた。全てわかっていたのだ。  主人公が愛してしまった青年。水神がそれに透を重ねていたこと。  だから透は、自分の気持ちを書き残した。  触れないことは、優しさなんかじゃなかった。自分本位な気持ちは、優しさじゃない。  水神は逃げていただけだったのだ。自分が傷つきたくなくて、透の気持ちを知ることから。
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