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水神は、透の言わんとしていることがわかった。
――――たぶん、そうだ。勘違いでなければ、きっと。
「……僕はっ……これ以上望んだらいけないって……それは、わかっているんですけどっ……」
透の目からポロポロと涙が溢れ落ちてきた。感情をどうにもコントロールできないのか、水神の手をぎゅうぎゅうと力強く握っている。
「……だけど、僕は……望んでしまうんです……」
透の声のトーンが急に下がったので、水神は言葉に窮した。透はもう既に自分の中で決着をつけているように思えたのだ。
透の中ではもう結論が出ている。そんな気がした。
それも、水神が望まぬ結論に――――。
「……だから……好きじゃないなら、もう優しくしないでくださいっ!! 期待したくない!! つらいんですよ!!
キスされたり、手を握られたり、僕はもう、水神先生がわからないっ……!! 」
初めて透が声を荒げているのを聞いた。
そして、繋いでいた手が透によって振り払われた。
あまりのショックで、水神は動けなくなった。
「……僕、辞めます。先生の担当も、この仕事も……」
透の頬を伝った涙が、アスファルトに落ちた。
「……先生。
今先生が書いている作品を読んで、僕は衝撃を受けました。素晴らしい作品です。きっと、名だたる名作の仲間入りをすると思います」
「透くん……」
「……だけど僕は、主人公が愛した青年がどうしても好きになれなかった……」
「え……」
「……僕に似てる。とんでもなく世間知らずな臆病者……」
透は、水神を睨むように見つめた。
「……違う……違うんだよ……」
「こんなことなら……こんな気持ち、知らなければ良かった……」
「……透くん、待ってくれ……」
「もう、僕には無理です」
水神の言葉に被せるように拒絶の言葉を発し、透は首を横に降った。
水神の唇が小刻みに動く。“君が好きだ”と。けれど、それは声にならなかった。
すぐに、透が終わりの言葉を発したからである。
「……僕には、過ぎた夢でした。笑顔で終わろうと思ったけど、駄目でした。
さよなら、先生……」
――――待って。待って……!!
水神の声は透に届かなかった。聞こえないふりをしたのかもしれない。
透は、その場から逃げるように駆け出して通りかかったタクシーに乗り込んで行ってしまった。
――――悪い夢を、見ているようだった。
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