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結局、一睡もせずに朝を迎えた。
時計を見ても、スマートフォンを見ても、原稿を読んでも、昨日まですぐ傍にいたはずの透はいない。何をしても、何を考えても、現実は変えられないのだと突き付けられる。
水神は再び透が残した付箋紙のメッセージを手に取って読んだ。何度読んでも同じことが書いてある。伝えられなかった、すれ違ってしまった思いが綴られている。
この気持ちに応えられなかった自分は、透に再び近付く資格はないのだと思う。きっと透も二度と水神の元には現れないのだろう。それを思うと、水神は絶望感に苛まれて泣きたくなるのだ。
水神は、時刻が午前9時半を回ったのを確認してから、編集部に電話を掛けた。もうペンを握ることはできない、迷惑を掛けるが引退させて欲しい、と申し出るためだ。
驚くことに、最初に電話口に出たのは柳田だった。白石のところに透を行かせて危険な目に遭わせた張本人を許すことができなかったが、水神は敢えて冷静を装う。
「……編集長をお願いします」
『嫌だね』
軽口を叩くような口調に、水神は苛立つ。
「編集長をお願いします」
怒鳴り付けてしまわないように、感情を押し殺しながら同じことを言った。
『嫌だ。辞めるつもりなんだろう? 』
柳田の言葉に、水神は目を見開いた。スマートフォンを握る手が、汗ばんで震えた。
『……さっき、祐天寺が辞表を出してきた』
「……やっぱり!! どうか、辞表は受理しないで欲しい……私が辞める。そうすれば全て解決するから、どうか、彼だけは……」
水神が必死にそう頼み込むと、柳田はその状況に相応しくない深い溜め息を吐いた。
『……ホント、勝手だね。すっごくイライラするよ』
そう言う柳田の声は、淡々としている。
『何なの? そのお互いにさ、“彼のために”っていう美談は。まどろっこしくて、イライラする』
憎たらしい程に言い当てられて、水神は唇を噛んだ。“何もわかってないくせに”、そう思いつつ、“そのとおりだ”とも思って自分自身に腹が立つ。
『図星だろ? 何だよ、俺が一肌脱いでやったのに、何も変わりやしない』
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