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 ――――そうだ。自分はとんでもない、かっこつけの、臆病者だ。  結局は、自分が傷つくのが怖いだけ。“優しい先生”という体面を崩したくなかったし、このまま穏やかな関係でいられるならと逃げた。  今だってそうじゃないか。柳田は周囲の目を気にせず形振り構わず真摯に向き合ってくれているのに、声が大きいんじゃないかと気にしたりした自分が恥ずかしい。  水神は、気が付いた。  今、小説家を辞めようとしている判断だって、ただの逃げではないか。  かっこつけて、惜しまれつつ小説家を引退し、思いを胸に秘めたままひっそりと暮らそうとしている。  ――――このまま、透に本心を伝えずに逃げるのか。  そんなことをすれば、今度こそ本当に取り返しがつかない程後悔するかもしれない。 「……柳田さん、教えてくれ!! 透くんは、どこにいるのか……!! 」 『……気付くの遅い。小説家辞めるなんて大層な決断するくらいなら、最初から祐天寺を追いかけろっての』 「お願いだ……!! 早く教えてくれ!! 」 『祐天寺、これから福島の実家に帰るって言ってた。東京駅じゃねぇの? 辞表は俺が預かっといてやるから、早く行けよ』 「……ありがとう!! 」 『ふん、アンタみたいな稼ぎ頭に辞められたら俺も困るからな』  柳田は最後まで軽口だった。けれど、もう苛立つことはなかった。  水神は電話を切って、スマートフォンを持つ手を下ろした。目を閉じて、スーっと深呼吸する。  きっと、堅実な透は高速バスで帰るのだろう。東京駅、八重洲口の方に向かおう。  会えないかもしれない。電話した方が早いかもしれない。だけど、やっぱりどうしても直接会って伝えたい気持ちだった。 「……奇跡に、賭けてみようか」  水神は目を開けて、そう呟いた。  もしも、神が自分たちの恋の行方を見守っていてくれるのならば、きっと会える。   水神はそう確信していた。  もしも、会えなかったときは……そのときは、福島にでもどこにでも行こう。  水神はもう躊躇わなかった。  何としてでも透に会って気持ちを伝える、その決意は揺らがない。  水神は立ち上がり、脇目も振らずに駆け出した――――。
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