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「……お邪魔します」 「どうぞ」  水神がわざわざ玄関で出迎えてくれたので、透はおずおずとお辞儀をして靴を脱いだ。  つい昨日来たばかりだというのに、やはりこのセキュリティ万全の高級マンションには圧倒されるし、どこか萎縮してしまう。  昨日と同じく、リビングに通され、ソファーに座るよう促された。  水神はまた自然な流れでコーヒーを淹れている。透は、その仕草をぼーっと見つめていた。  流れるような、優雅な仕草。  すごく、綺麗だ。  こういうのを見ていると、頭に無数の妄想が膨らんでくる。  寡黙なワケあり喫茶店のマスター  不思議と悩みを何でも解決してくれるバーテンダー  どんな物語でも鍵を握ってそうな雰囲気がプンプンするし、こういう浮き世離れしたビジュアルはどんなに破綻した設定でもしっくりくるだろう。まるで少女マンガの、学園の王子様とかイケメン生徒会長みたいに。 「……祐天寺くん」 「あ!! はい!! 」  すっかり妄想の世界に入り込んでいた透は、いつの間にか近くに来ていた水神に驚いてしまった。 「君は砂糖一つにミルク二つでいいんだよね? 」  水神に優しく微笑まれて、透は何だか自分がひどく幼く思えた。  水神のブレンドしたこだわりのコーヒーをブラックですすりながら、二人でテキパキと打ち合わせできたのなら、最高なんだけれど。 「本当にすみません。豆から挽いてるこだわりのコーヒーにこんなにいろいろ入れちゃって」  気難しい古くからの喫茶店のマスターなら、怒るレベル。こだわりのラーメン店の店主が塩コショウとか酢を入れられて怒るのと同じ。  それくらいのことをしてしまってる。透は、本当に申し訳なく思った。 「お気になさらず。今日は甘党の祐天寺くんに合わせてブレンドしてみましたので」  さりげなくそういう気遣いをしてくれる水神は、きっと死ぬほどモテるのだろう。 「次はカフェオレでも作ってみましょうか。それとも、甘いココアがいいかな」  そんなことを真剣に考えてくれていることに、透は感動してしまう。 “水神先生を信じるな”  柳田の言葉は、頭の片隅に残っているけれど。
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