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 水神は目を丸くしていた。  あまりに余計なことを話すものだから、驚いたのかもしれない。  きっと水神が欲しかったのは、こういうことではないのだろう。  透は、思いのまま話してしまったことを後悔した。 「……その作品はね、昔、私が担当さんにボロクソに言われたものです。 “こんなものは売れない”、“なぜ今までどおり恋愛小説を書かないんだ”って」 「……そ、そうだったんですか」  やっぱりそうだ。触れてはいけないことだったのだ。  自分なんかが調子に乗ってはいけなかった。  口下手な透が饒舌になって良かったことなんて、今まで一度もなかった。  引かれたり、失言したり、いつもそうなのだ。  要領が悪い自分を恨む。 「……でもね、私が一番気に入っている作品です」  透は、顔を上げて水神を見た。 「どうしても恋愛小説以外を書きたくて、ずっと温めていたものだったんです。 書くにあたっては歴史や文化を寝る間も惜しんで勉強したし、一人で取材もたくさんしました。 中途半端な作品にしたくなかった。 書いている間は、今まで書いてきた中で一番楽しかった。 ずっとワクワクして仕方ありませんでした。この物語を早く世に出したいと、そればっかりで……」  水神は、昨日今日と透が見てきた中で、一番いい顔をしている。  人のために見せる穏やかな微笑みじゃなく、とにかく楽しいと言わんばかりの、イキイキとした表情だ。 「……だけど、“こんな小説は出せない”と担当から言われました」 「そんな……」  酷い、と透は思った。  柳田も“売れる作品を”と言っていたけれど、その担当編集者が言うのはあくまで正論なのだ。  それは、編集者としては至極真っ当。間違いなく、正しい。  けれど、それでも透はその担当編集者が酷いと思うのだ。 「……僕は、あの作品が大好きです。何なら他の恋愛小説より、ずっと……」  ついつい感情的になる。  まるで自分まで否定された心地なのだ。  全く関係のない話であるはずなのに。 「……だからね、私はその出版社から手を引いたんです。どうしても、その作品を諦めたくなくて。まるで、新人作家の気持ちでした」
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