気付いた時には落ちていた

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* 「あ」 「あ」 廊下の曲がり角。 目の前で気まずそうにぽりぽりと頬をかいているのは、先日私に堂々と〝じゃない方の倉内〟と言い放った男子生徒の一人だった。確か、隣のクラスの岡田(おかだ)くん。 いつまでも向かい合ってるわけにはいかないので、私の方から歩き出す。すると、どういうわけか岡田くんは慌てたように「待って!」と私を呼び止めた。 「……なに?」 「あー、あのさ。こないだは悪かった」 「え?」 「あのあと河西に怒られてさー」 「あのあと?」 「うん。ほら、俺がその……なんだお前の方かよみたいなこと言ったじゃん?」 「ああ、うん」 「で、河西にも人の気持ち考えろとか言われたし、俺なりにちょっと反省したわけ。女の子に無神経なこと言ってホントごめんな」 どうやら彼は先日の出来事を謝っているようだった。こんな事、二年間で初めてだ。 「いや……慣れてるからいいけど」 「あ、マジで? よかったー。なんか河西がめっちゃキレてたからさー、オレ倉内さんのこと超傷付けちゃったのかなって結構焦ってたんだよねー」 「……ううん。それは大丈夫、だけど」 どうしてだろう。なんだか胸のあたりがほんわりとあたたかくなってきた。今まで心に刺さっていた言葉がスゥッと消えていくような感覚に、自然と笑みがこぼれる。 「だけど……謝ってくれて嬉しかった」 「え?」 「ありがとう、岡田くん」 心なしか教室に向かう足取りは軽い。「可愛い方の倉内さんがさぁ!」それに、今日は何故かもう一人の倉内美奈の話題が気にならない。 今私の頭を埋め尽くしているのは、目付きの悪い三白眼だけだった。
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