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話し終えた澪木蓮市は、静かに手にした湯飲みを置く。
「でも今の時代、どの山にも必ず人の手が入っていますから、篭って隠れられるような場所はありません。もし鵺の比丘尼が現代にも生きているとすれば、私たちの生活に紛れて一緒に暮らしていくしかないのでしょうね」
「……」
「ただ彼女は歳を取らない訳ですから、どうしても彰馬の末裔たちの手を借りざるを得ない。戸籍や住む場所、生活にしても。多少強引な手段を取ったとしても」
「まさか……それが?」
身を乗り出して訊ねる私に、澪木蓮市は小さく首を横に振る。
「いえいえ、今の話はあくまでも物語ですよ。ただ僕は神指に伝わる鵺の比丘尼の物語をお話しただけです」
「でも……」
訊ね返そうとした時、タオルで髪を拭いながら或麻が居間に姿を現す。
「まぁた何か変なこと吹き込んでるんじゃないでしょうね? 蓮市」
「いえいえ。僕は武科さんと郷土文化史について語り合っていただけですよ」
肩を竦めて立ち上がった澪木蓮市が、さも可笑しそうに言う。
「では或麻さんのアイスも、持ってきますね」
「まったく……」
澪木蓮市と入れ替わりに、下着姿の或麻が腰を下ろす。
「本当、おしゃべりなんだから。蓮市ってもっともらしくホラ話するんだから、騙されちゃ駄目だからね」
「う……うん」
そう言いながらも、私は頬杖をついた或麻の頬を指で引っ張る。
「……何してんのさ?」
「確かに二、三歳くらいサバ読んでても分からないわね」
バカバカしい、と言って立ち上がった或麻が、居間の隣の部屋へと大股で歩いていく。
覗き込んでみると、紺色の浴衣を羽織った或麻が袖を靡かせていた。
「どう? 今度の夏祭りに着ていくやつ。似合うでしょ」
「祭りって……この大変な時に」
あきれたように言う私に、或麻は浴衣の前を合わせながら返す。
「いやあ、そうでもないって。神指の祭りは管狐を崇めるものでもあるんだから。彼らだって来るわよ」
「彼らって……」
「決まってるでしょ。古明地杜人と衛藤由宇」
或麻はそう言うと、しおらしくその場で回ってみせた。
(エピソード4 終)
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