エピソード4 管主と浅葱

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 話し終えた澪木蓮市は、静かに手にした湯飲みを置く。 「でも今の時代、どの山にも必ず人の手が入っていますから、篭って隠れられるような場所はありません。もし鵺の比丘尼が現代にも生きているとすれば、私たちの生活に紛れて一緒に暮らしていくしかないのでしょうね」 「……」 「ただ彼女は歳を取らない訳ですから、どうしても彰馬の末裔たちの手を借りざるを得ない。戸籍や住む場所、生活にしても。多少強引な手段を取ったとしても」 「まさか……それが?」  身を乗り出して訊ねる私に、澪木蓮市は小さく首を横に振る。 「いえいえ、今の話はあくまでも物語ですよ。ただ僕は神指に伝わる鵺の比丘尼の物語をお話しただけです」 「でも……」  訊ね返そうとした時、タオルで髪を拭いながら或麻が居間に姿を現す。 「まぁた何か変なこと吹き込んでるんじゃないでしょうね? 蓮市」 「いえいえ。僕は武科さんと郷土文化史について語り合っていただけですよ」  肩を竦めて立ち上がった澪木蓮市が、さも可笑しそうに言う。 「では或麻さんのアイスも、持ってきますね」 「まったく……」  澪木蓮市と入れ替わりに、下着姿の或麻が腰を下ろす。 「本当、おしゃべりなんだから。蓮市ってもっともらしくホラ話するんだから、騙されちゃ駄目だからね」 「う……うん」  そう言いながらも、私は頬杖をついた或麻の頬を指で引っ張る。 「……何してんのさ?」 「確かに二、三歳くらいサバ読んでても分からないわね」  バカバカしい、と言って立ち上がった或麻が、居間の隣の部屋へと大股で歩いていく。  覗き込んでみると、紺色の浴衣を羽織った或麻が袖を靡かせていた。 「どう? 今度の夏祭りに着ていくやつ。似合うでしょ」 「祭りって……この大変な時に」  あきれたように言う私に、或麻は浴衣の前を合わせながら返す。 「いやあ、そうでもないって。神指の祭りは管狐を崇めるものでもあるんだから。彼らだって来るわよ」 「彼らって……」 「決まってるでしょ。古明地杜人と衛藤由宇」  或麻はそう言うと、しおらしくその場で回ってみせた。            (エピソード4 終)
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