エピソード5《最終章》 紅咒楼

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 神指神社を出た私たちは、二人の行方を追った。  祭り囃子の音色と太鼓の音が次第に遠ざかる中、次第に周囲の人影も少なくなっていく。 「ああもう、走り難いわ」  畦道で足を止めた或麻が、浴衣を太腿の辺りまで捲し上げる。 「はしたないわね」 「仕方ないでしょ、緊急措置よ」  ミニ丈の浴衣のまま、再び或麻が木下駄を鳴らして駆け出す。  そうしてひと気の無くなった河川敷に差し掛かった時、或麻が言う。 「さっき男を助けたのは、簡単な呪詛払いの方法を知ってただけ。勘違いしないでほしいんだけど、ウチには何も特別な力は無いから」 「……」  訝しげにメガネのフレームを中指で押し上げる私を見て、或麻は眉をひそめる。 「何よ、その目は」 「でも、蓮市さんの話じゃ……」 「だから、あいつの言うことはデタラメだって。そもそも鵺の比丘尼ってのが現代に生きてたとしても、あくまでも不老ってだけで、体の構造は普通の人間と同じだと思うわよ」 「どういう……意味?」 「そのままよ。不老って言っても単に肉体が老化しないだけ。事故やら何やらで心臓が止まっちゃえば、彼女だってきっと簡単に死んじゃうわよ」 「随分と詳しいのね、比丘尼のことについて」 「だ、だから。そう思っただけ。あくまでも憶測の話よ、憶測の」  慌てて取り繕う或麻に、私は走りながら訊ねる。 「仮にそうだとしても、比丘尼の傍には名前の通り鵺が傍に居るんじゃないの? 鵺ならきっと管狐だって……」  だが或麻は、大きな溜息とともに首を横に振る。 「あんたも見たでしょ。真っ黒い影が神指山の祠をぶっ壊して逃げてくの。あれがもし鵺だとしても、出前じゃないんだから都合よく呼んだり帰ったりしてくれる訳ないわよ」 「出前って……」 「さっき言ったでしょ。怪異を自由にどうにかしようなんて考えること自体、人間の奢りだって。あんたも化け物に祟られたいの?」 「……それ、嫌味?」 「ああ、そっか。失礼」 「全然笑えないわね」  いつものように他愛ない掛け合いをしながらも、心の内にはどこか嫌な胸騒ぎがしていた。きっと或麻も同じ気持ちだったのだろう。その横顔がいつになく硬く見えた。
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