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真っ赤な火の粉が一面に飛び散り、濛々と立ち込める黒い煙が次第に目の前の視界を奪っていく。
「う……」
辺りを包む灼熱の炎に目が開けられず、思わずその場に膝をつく。息をする度に喉が焼けるように熱かった。
目の前に、同じように煙にむせ返りながらも、二人の体を抱き抱えている或麻の姿が見えた。
「……或、麻」
「諦めないで!」
すぐ間近に居る或麻の手を、黒く煤けた手で握る。すると或麻は、いつもと同じ少しひねたような笑顔で、私の手を握り返してくる。
「或麻、私ね……」
「まったく。分かってるって」
霞みゆく視界の中、或麻の温かい手の感触だけが伝わってきた。
その時、がくんと床が抜けたような激しい振動とともに、燃え盛る天井の梁が私たちの頭上に焼け落ちてくる。
「或麻っ!」
咄嗟に或麻に覆い被さった私の背中に、赤く燃えた材木が直撃する。
「こ、子桃っ!」
或麻が叫ぶ。深紅の炎に包まれる瓦礫に埋もれたまま、激痛とともに全身の感覚が失われていく。息が全く出来なかった。
「或……麻」
次第に意識が薄れていくにつれ、鼓膜の奥深くで或麻とは違う誰かの声が音叉のようにこだましていく。
最後に残った意識の片隅で私の目に映ったのは――、
宙を飛び交っていく無数の管狐たちと、その管狐に巻き付かれた白装束の女の姿だった。
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