エピソード5《最終章》 紅咒楼

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 気付くと私は、中庭に佇んでいた。  目に映るのは、煌々と燃え盛る炎が目の前の家屋を包み込み、全てを焼き尽くそうとしていく光景だった。 「大丈夫? 子桃」  穏やかに問い掛ける声に振り返ると、膝をついた或麻が傍に倒れている古明地杜人と衛藤由宇を介抱していた。 「或……麻?」 「大丈夫。二人とも意識を失ってるだけ」 「私たちいったい……どうやって?」  問いかけてみるが、或麻は静かに首を横に振る。 「分からない。気が付いたらみんな庭に倒れてたわ。そうやって突っ立ってるあんた以外はね」 「私……以外」  確かに私の体には、傷ひとつ無かった。焼け落ちてきた天井の梁の直撃を受けたはずなのに。  煤で汚れた手の平を見つめたまま黙り込んでいると、或麻が浴衣の裾を払いながら立ち上がる。 「でも、二人が気絶していて良かったわね。子桃のあんな姿見たら、間違いなく卒倒しちゃうわよ」 「私の……?」 「覚えてないんなら、それはそれで幸せかもね。でもあんた、気持ち悪くなったりしてない? あんなにお腹いっぱい食べて」 「食べたって……何を?」 「決まってるじゃないのさ、管狐よ」 「……え?」  慌てて口元に手をやると、その周りには真っ赤な血がべったりと付いていた。 「ま……さか」  あの時、私が見ていた紅咒楼の姿は……。  もしかすると、私はとんでもない思い違いをしていたのではないだろうか。  私は紅咒楼に取り憑かれたのではなく、すでに……。  青褪めたまま懸命に口の周りの血を服の袖で拭っていると、或麻が馴れ馴れしく私の肩を抱く。 「まあ良いじゃないの、皆も助かったんだから。結果オーライってね」 「どう考えても、私だけとんでもないことになってる気がするけど」 「いやあ、でもウチも食べられなくて良かったわよ。比喩的な意味じゃなく」 「笑えない。全然笑えない」  引きつった表情のまま、私は反射的にそう言い返すことくらいしか出来なかった。  その時、消防団の半鐘の音と消防車のサイレンが遠くから聞こえてくる。  建物の残骸が炎の中に無機質に焼け落ちていく中、燻った煙だけが辺りには立ち込めていた。
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