エピソード2 管狐

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エピソード2 管狐

 まだ夏至を過ぎたばかりだというのに、窓の外には気の早い蝉が鳴き始めていた。  放課後の教室でノートパソコンを開く私の前の席では、或麻が椅子の上に胡坐をかいてファッション雑誌を読みふけっていた。 「ねえねえ、このサーキュラー可愛くない?」 「ああ、そうね」 「このネイビーのティアードは?」 「良いんじゃない」  話し掛けてくる或麻に適当に相槌を返しながら、私はキーボードを叩き続ける。神指にまつわる文化資料の編纂を日課にしている私にとっては、或麻がのたまうファッション用語などほとんど解読不可能だ。 「このコーデ凄くない? エッジィなレイヤリングとか」 「あのね、一応これでも部活動中なんだけど」  私は手を止め、眼鏡のフレームを中指で押し上げる。 「えーでもさあ、ウチやることないんだもん」 「あるでしょうが。取材記録を書くとか、撮ってきた写真を整理するとか」 「あー、そういうの面倒くさくて無理」  或麻は夏服の制服のリボンを外すと、周りに男子生徒が居るのもお構いなしにバタバタとシャツの襟元を扇ぎ始める。  郷土文化研究会は二人しか居ないにも関わらず、或麻は部員としては全く役に立っていない。もはや何のために所属しているのかも不可解なレベルだ。  私はパソコンの横に広げられた分厚い文献を指先で叩きながら、憮然とした表情で言い放つ。 「今年の秋の学祭、郷土文化研究会は展示発表するから。内容は『神指地方の歴史と文化について』」 「へえ」 「へえ、じゃないわよ」  机の上に両手をついて身を乗り出す私に、或麻はひらひらと手を振る。 「だって展示発表なんて地味なことしてたって、どうせ誰も見に来やしないんだし。どうせなら模擬店とかカフェとかやんない?」 「やんない。同好会が部に昇格するには、日頃の活動実績と学祭での発表内容が重要になってくるんだから。このままじゃ、いつまで経っても正式な部に認められないわよ」 「とは言ってもねえ。部室なんて夢のまた夢って感じ」  肩を竦めた或麻が教室の中を見渡す。確かに郷土文化研究会の活動場所は、もっぱら教室の窓際にある私の席が定番だった。
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