エピソード3 陰摩羅鬼

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エピソード3 陰摩羅鬼

 翌日、学校へと向かう足取りは重かった。  私に憑いているという『それ』の正体を、衛藤由宇はいとも容易く見破ってしまった。物証こそ無いものの、昨日の出来事は非科学的と切り捨てるには余りにも説明のつかないことが多すぎる。 (私の……背後)  血まみれの女など居るはずもないのに、ふと後ろを振り返ってしまう。 「……バカ。三流ホラーじゃあるまいし」  苛立たしげに吐き捨てていると、唐突にスマホの電話が鳴る。相手は或麻だった。 「何よ、朝っぱらから」  通学で行き交う学生たちを避け、近くにあった公園の入口の柵に寄り掛かる。 「ああ、ごめんごめん。昨日の夜からカケルとドライブ来ててさ。海まで行ってたら朝になっちゃったの。今からインター乗る所」  やけに陽気な或麻の声が受話口から聞こえてくる。カケルという男が何者なのかを訊ね返す気にもならなかった。 「インターって……学校どうするのよ。もうすぐホームルーム始まるわよ」 「だからウチは今日休みって先生に言っといて。急性コレラでも腸捻転でも理由は何でも良いから」 「急性コレラって何よ。そもそも一限目には間に合わなくても、学校には来られるでしょうが」 「いやあ、オールだったから帰ったら寝る。寝不足は美容の大敵だし」 「この外道が」 「まあそう言わないって。お土産買ってくからさ」  昨日のことなどまるで気にしていない様子の或麻に、私は溜息混じりに言う。 「じゃあ今日……どうするのさ。私一人で衛藤由宇と教室で顔を合わせろっていうの?」 「まったく心配性ね。放っておけば別に何もしてこないわよ。もし何かあったら、あんたの背中に乗ってる百咒峡(ひゃくじゅきょう)の化物をけしかければ良いじゃない」  電話口でからからと笑う或麻に、私は舌打ちを返す。 「本当、笑えないわね」 「冗談よ、冗談。まあ、何かあったら電話くれれば良いからさ」 「まったく……」  柵に繋がれた鎖を弄りながら、昨日から気になっていたことを訊ねてみた。 「あのさ或麻。昨日、衛藤由宇が言ってた『人ですらない者』って、一体どういう……」 「あ、ごめーん。もう出発するって。じゃあまた連絡するから」 「ちょ、ちょっと或麻……」  そう言い掛けた時には、すでに電話は切れていた。上手くはぐらかされた気もするが、確かに今はそれよりも管狐の祟りを収束させる方が先決だろう。
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