エピソード4 管主と浅葱

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エピソード4 管主と浅葱

 次の週末、私は神指の外れにある千年杉へと向かっていた。  長閑な景色の中、爽やかな風を切って愛用のクロスバイクのペダルを漕いでいると、畦道の向こう側にひときわ高くそびえる千年杉の姿が見えてくる。  名前の通り樹齢千年の天然杉は、神指の御神木として祀られていた。  近付く私に気付くと、千年杉の陰に隠れていた或麻が大袈裟なジェスチャーで近くにある広場を指差す。どうやらあまり人目につかないように、ということらしい。  苦笑いしながら自転車を広場の中に乗り入れると、或麻が小走りに近付いてくる。 「もう、やっと来た。遅いわよ」 「こんな辺鄙な所に呼び出して。何するつもり?」  仏頂面でクロスバイクを降りる私に、或麻は小声で言う。 「見りゃ分かるでしょ。張り込みよ、張り込み」  私を促しつつ、或麻は広場の植え込みに身を潜ませる。どうやら千年杉を挟んだ向かいにある一軒の古民家を見張っているようだ。  折り畳み式の双眼鏡で茂みの先を覗き込む或麻に、私は呆れ気味に告げる。 「どう見てもストーカーね」 「人聞き悪いわね。探偵に張り込みはつきものでしょ。っていうか、あんたもしゃがみなさいよ、見つかっちゃうでしょ」 「見つかるって……誰に?」 「決まってるでしょ、古明地くんよ」 「古明地……杜人?」  或麻に服の裾を引っ張られ、私も植え込みの陰に身を屈める。  或麻に渡された双眼鏡のレンズを覗き込み、木造の家屋にピントを合わせてみる。格子状の門扉から見える雨戸は閉められ、背の高い雑草が生い茂る庭は荒れ放題だった。 「空き家じゃないの? 人の住んでる形跡はなさそうだけど」 「今はね」 「勿体ぶってないで、教えなさいよ」  肘で突くと、或麻はポケットから取り出した棒付きのキャンディを咥えながら答える。 「んっとね、あそこは七年前まで古明地杜人が家族と住んでた家なの」 「古明地くんが?」 「声が大きいって。あの一番右端の雨戸、見てみて」  或麻の指差す方向に双眼鏡を向けると、雨戸の一部だけが少し開けられていた。 「今、古明地くんがあの家の中に居るのよ」 「え?」  思わず聞き返す私に、胡座をかいて座り直した或麻が頷く。
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