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学校の正面側にまわってみた。運動場のあるほうだ。
すでにそこら中にブルドーザーなどの重機があった。おそらく前日から準備は始まっていたんだろう。花壇にはビニールシートがかぶせられ、鶏小屋も今はもう何もいない。
せっかくだからと、トラックを一周だけジョギングしてみることにした。といっても数ヶ月使われていないため、石灰の跡もほとんど残っていない。
思えば三年生のときにはすでに体育の授業はなかったため、ここを走ること自体が初めてだ。いや、それ以前に運動場へ入ること自体ほとんどなかったように思う。
トラックを半周ほど走ったとき、プール脇にある小道の、さらに奥に何かが立っているのが横目に見えた。
――サクラだ。
なぜ、こんなところに……? 僕は走るのをやめ、静かにゆっくりと近づいた。
サクラはひっそりと佇んでいた。まるで眠るように、ずっと誰にも気づかれることなく。
そうか、僕を呼び寄せたのはこいつか。きっと、この学校が取り壊されることを知り、それで誰かに気がついて欲しくて――。
「君はずっと、ここにいたんだな……。ごめんな、今まで気づいてあげられなくて」
日も当たらず年中湿ったこの場所でたった一人、誰かが来るのを待ち続けていたんだ。いつの間にか僕の目には涙が溢れていた。
突然、薄桃色の花びらが一枚、目の端を横切ったような気がした。
ああ、これは感謝の気持ちなのだろう。それとも、お別れの挨拶なのだろうか。あるいは、誰かに対する恨みだったのか。いや、ただの見間違えかもしれない。だが例えどれであったとしても、誰の救いともならない。
「安心して。必ず僕が、家に帰してあげるから」
せめて安らかに逝けるように、と僕は心の中で願った。するとサクラは舞うように、ふわりと消えて行った。最後に見た彼女の顔は、優しく微笑んでいるように見えた。
僕は木の根元の柔らかい土を手で掘り、確信した。手に泥がついているのも構わず、ポケットからスマホを取り出した。
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