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しかし其れは未遂に終わる。衝撃。驚きと、其処迄ではないけれど全く感じないワケではない痛みによって其の溜息は引っ込んだ。尤も代わりに舌打ちが抑えようと思う間も無く漏れ出たが。
「何処見て……」
何処見て歩いてるんすか。
明らかに人がぶつかってきた衝撃であったし、其れが事実であると示す様に足元には尻餅を着いた小柄な人物が1人。
実家は何人も使用人を抱えており、坊ちゃんと言われる立場。俗に言う“育ちが良い人間”らしかぬ物言いを引っ込めたのは、自分が良い所の御子息であると思い出したワケじゃない。己の立場については、常に意識している反面、常に如何でも良いと思っているから。
かと言って、他の家の御子息様と無意味な喧嘩をするつもりも、無駄に悪い印象を植え付けようとも思わない。
つまり足元に転がった少年の制服は、苛立っていても何とか自制を効かせる必要がある位には有名な名門校。喧嘩を売って損こそあれど、得は無さそうである。正に百害あって一利なし、か。
もう1つは、オレにも同じ事が言えた事。
明らかにぶつかってきた少年は、前方不注意の見本其の物だったけれど、オレだって完全に周囲へ注意を払っていたワケじゃない。苛立ち及び疲労感で其れなりに注意力は散漫、前方への意識も低下気味だった。
お前こそ、と言い返されても可笑しくない状態だ。オレが転がっている少年側であったなら、間違い無く言い返す。
「……あー、悪かったっす」
結局勢いは途切れ、決まり悪くそう言うだけしか出来なかった。面倒事を避ける為、もっと言えば両親の耳に入って実家に戻される事態を何としても忌避する為。我ながら情けないと思いつつも、オレは素直に謝罪を述べる事にした。
尤も視線は泳ぎきっていたし、転がした少年の方もちらりと見ただけで、傍目に誠意は全く感じられなかっただろうし、謝罪の言葉も我ながら随分と素っ気無い。
其の素っ気無い謝罪の前に数秒の間を十分取っていた為、素直な謝罪とも言い難いかもしれない。
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