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「あ、いちたくん!」
HRが長引き、大急ぎで校舎を横切って部活へ向かう途中、よく響く声にそう呼び止められた。聞き覚えのない女性の声。
でも俺を「いちた」と呼ぶ女子はいないはすだ。
一体誰だと、足を止めることなくぞんざいに振り返って。
…肋骨を突き破る勢いで、心臓が飛び上がった。
「いっ、稲森先輩…!?」
だって駆け寄ってくるのは、紛う事なき俺の女神だったから。
「はーもう、練習前から爆走しすぎだってー。はいこれ!」
腕捲りされた、筋肉の張りが眩いばかりの先輩の前腕。
初めて間近に見るそれに気を取られた俺は、その手が差し出しているものに気付くのが遅れた。
「…あ、サポーター…?あれ?俺の?」
「違う?今階段のとこで拾ったよ」
慌ててジャージのポケットを探るけど、確かに1個なくなってる。
「うわーすみません。全然気付かなかった…」
「ううん。ないと困るもんねー」
間近で見る笑顔は、遠くから拝んでたのよりずっとかわいかった。マジ女神だ…。
稲森先輩は女子バレー部の副部長。万能型のウィングスパイカー。身長は俺と同じくらい、筋肉の付き方も正直勝ててる気がしない。
でも俺はまだこれからいろいろ伸びるんだと密かに息巻いていると、化粧っ気がなくても目がくりんくりんの稲森先輩はちょっと首を傾げる。
「いちたくん、よく私のこと知ってるね。全然関わりないのに顔と名前一致してるんだ」
「えっ?あ、そ、そりゃあ…いつも隣で練習してるわけだし…」
ついしどろもどろになるのには理由がある。本当のとこはさすがにちょっとばかし言いづらいから。
だって俺がやったこともやりたいと思ったこともないバレーの世界に飛び込んだのは、他でもない彼女の影響なんだ。
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